第202話

 牛車がゆっくり動き始めると、伊織はそれは神妙な表情を浮かべて、物見の外に視線を向けている。


 ……これはかなりな厄介事だ……


 朱明は頼みたい事があったが、どうやらそれどころじゃなさそうだ。

 ……これは困ったぞ……

 と思っていると


「……実は主上より……」


 ……いやぁ〜主上の命かぁ……


 朱明の顔容が、見る見る曇る。

 何せ主上の命は、面倒な事ばかりだ……。


「実は皇后様から、お聞きになられたらしいのだが……」


 ……あっ!そりゃきっと妹の件か?……


 朱明は切り出しやすくなったので、顔容を明るくして伊織を見つめた。


「そなたの妹を妻に……と思うて通っておるは私だ」


「……さようで?……妹をたぶらかそうと致し者は、何処のどいつで?えっ?」


 朱明は明るくした顔容を、再び曇らせて固まった。


「……ゆえにだ……」


 伊織は恥じ入る様に、重々しく言った。


「あー……高尚なる公達……良い男……洒落て風流な文……妹がゾッコン……夢中……夢心地……まじかー」


 朱明は頰を引攣らせて、伊織を見つめる。


「し、しかしながら……如何されまして我が妹を?」


 かなり声がひっくり返っている。


「以前……主上が御眠り続けられ、金鱗様を頼ってそなたの屋敷に参った折……」


「あー」


 はいはい。眠らずにずっと今上帝のお側に在って、緊張と疲れで倒れられ、金鱗様に気を吹き込んで頂いた……あの時?


「あの折に、無我夢中の私が家人の許しなく押し入ったゆえ、その騒ぎを気に留めチラリと……チラリと姿を見せたのだ……ほんの一瞬であったが……」


「あー」


 はいはい。好奇心旺盛、じゃじゃ馬的な一面を持つ、妹ならチラリと覗き見する事ぐらいしそうだ。

 姫としての云々など、あってない様な身分だから、そんなにきつく躾けてないし、そんなに良家の妻となる予定も無いから、母もしっかりと躾けていない。

 なるほど全く有り得る事で、納得してしまった。

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