第201話

「おっ、何と運の良い……」


 ……話しのどさくさにチラリと話しをして、一応怪しげな相手を考えて頂こう。

 何せ勘がよく頭の回るお方だから、決して的外れな相手は言われぬだろう……


 などと安易な考えを巡らせて、蔵人の詰所へと向かう途中で伊織を認めて走り寄る。


「伊織様……」


陰陽頭おんようのかみ


 とか言って寄って来た。


「……陰陽頭……などと……」


 へへへ……と、慣れない役名を言われて照れてしまう。

 何せ陰陽頭といえば、自分を高く買ってくれて、父の居ない朱明を陰陽寮で庇ってくれながら、ずっと世話を焼いてくれた陰陽頭様が思い浮かぶし、ずっと以前は我が父が拝命していたお役で、決して自分がその名で呼ばれる事など無いと思っていた程の、それは凄い役職なのだ。

 そんなお役を頂けるなんて、ただただ夢の様だ。


「何を?真実陰陽頭ではないか?」


「はぁ……」


 朱明は照れ笑いを浮かべながら、伊織に促される様に歩く。

 前の陰陽頭様は、朱明と共に出世して官位が上がって、みやこ内の司法、行政、警察を行う機関の大夫たいふとなられた。

 これはご先祖様にあたる、有名陰陽師も担れたお役なので、前陰陽頭様はそれはお喜びだ。

 現在は大方の老大臣達が辞され、それにならう様に歳をとられた臣下が辞されたから、宮中は今までかつて無い程の、が行われている。

 それに伴って予期しない者達が、思いも寄らない官職に就けていて、出世の大安売り的な状況だが、大青龍を御抱きの今上帝と、腹心以上の存在の伊織が居られるのだから、そんな安易な状況の筈は無い。

 ただいえるのは、永きに渡って高位を独占して来れていた一族が、これからは独占して行けぬ世が来るという事だ。


 退出する際に通る、陽明門迄来ると


「折り入って話しがある故、共に車に……」


 と伊織が言うから、朱明はまた何やら極秘の命を下されるかと、少し緊張してかつての主上から賜った特権ではなく、名実共に朱明が買われて頂いた特権である自分の牛車を返して、共に伊織の牛車に乗り込んだ。

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