第176話

「お母君様……」


 皇女が金鱗に連れられてやって来ると、御帳台の側に駆け寄った。


「金鱗……世話をかけたな」


 御帳台の陰で皇女を抱きしめていた碧雅が、皇女と共に御帳台を出て来て言った。


「……あの折には、まことありがとうございました」


 伊織が金鱗を見て、深く頭を垂れる。


「よいよい……こういう時の為の我らだ……特に皇女と皇子は朱の甥姪であるからな、子守すら気安く言うてくれ……」


 金鱗はそう言うと、元気そうな碧雅を見て嬉しそうに相好を崩す。


「そなたの気配が失した折は、さしもの私も慌てたぞ」


「すまぬ。神力を回復致すに時を要した……さすがに子産みの後は無理が効かぬ」


「……ところで、御親王様は?」


 金鱗と碧雅の話しの間に入って、伊織が気忙しく聞いた。


「ああ……姫がそなたの母御にお渡しする様申したゆえ、その様に致した」


「重ね重ね、礼の言葉もございませぬ……」


 伊織が再び頭を垂れると、姫が碧雅を見て言った。


「親王一人が、金鱗おじ様の所に居るは、淋しかろうと思い、私と弟と乳母はお側におりました」


 今上帝似の愛らしい姫はご性分も似ておられ、とても利発で気がお利きになられる。左大臣が孫の親王を幼帝とし、権力を得ようとしたゆえに、左大臣家の者達及び親王にまで累が及ぶ処を、伊織は機転を利かせて一族を逃したが、親王は亡き者としないと、今上帝に御鎮め頂けない。だから大池の金鱗に頼んで、池の底の宮殿に匿ってもらった。あそこならば、青龍にも負けぬ神力で親王を護ってくれ、気配を消してくれると信じたからだ。そこに先に逃げて行っていた皇女達が居たので、親王は心細い思いをして泣き騒ぐ事なく暮らしていてくれた。

 皇女は女の子であるし、親王達の姉という立場にあるので、しっかり守らなくてはならないと、幼心ながらに思ってくれたのは、子供が多い金鱗としても助かった。 それに今上帝に似ている皇女を、妻の銀鱗が殊の外可愛がっているのは当たり前といっていい。

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