十六巻

第156話

 月が綺麗だ……。

 朱明は銀色の五尾の狐の孤銀の背に乗って、尊き霊山の天狗山から都の禁裏の近くの、朱明には身に余り過ぎる屋敷に戻って来て、そのまま池に突き出た泉殿に立った。

 かつて今生に御姿を現された瑞獣鸞の皇后様が、未だ今上帝様よりと御呼ばれの頃、泉殿と釣殿で月を肴に珍しき御酒を、この屋敷の贅沢過ぎる池に御住まいの、魚の精王の金鱗様と堪能されておいでであった……。

 朱明は、少し目頭を熱くして月を見る。

 傍らには天狗山からずっと朱明を背に乗せて、走り続けて来た孤銀が、疲れた様子も見せずにかしこまっている。


「……久方ぶりだな……」


 金鱗は手に、瓶子へいしを下げて言った。


「此処で皇后様と御酒を頂いた事を、思い出しておりました……」


「はん。そなたは直ぐに出来上がってしまい、そこの従者にさっさと寝所に引かれて行く癖に……」


 孤銀は目敏く、金鱗の瓶子に目をやると


「只今肴を……」


「ならば盃も三つ用意致せ」


 直ぐ様立ち去ろうとする孤銀に、金鱗が釘を刺した。


「こいつはつまらんからな……そなたはイケそうだからな、俺の相手をしてくれ」


「恐縮にございます……」


 深々と頭を下げて、孤銀は姿を消した。


「今宵の月は美しいな……そなたの思いを計られた月読つくよみ様の慈悲だ」


「……月読様には、何時もお計らい頂きますね」


「まっ、我らは旧知の仲ゆえ……それに月読様とて、碧雅を案じてくだされておるからな……そなたの思いは、我らとて同様だ……」


 そう言いながら金鱗は、しみじみと朱明を凝視した。


「………そなた……何やら感じが変わったな……」


「………………」


 食い入る様に見つめられて、朱明の方が恥じ入る程だ。


「……そなた何やら、解放致したな?」


 目敏い金鱗に指摘されて、朱明は己では解っていない部分に困惑を見せる。


「天狗山の大高下駄天狗様に、解放して頂いたなのですが

 ……私にはさっぱり……」

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