第143話

 すると茫然自失の師匠の傍らで、一躍が尻餅をついた。

 驚愕の余り、足がすくんでしまったのだろう。

 荒唐無稽な話しだと、思う者は思うだろう。

 たぶん渦中でなければ、伊織など徹底して否定する側の人間だ。

 だが、今上帝の側にはべる者達は、その恐ろしい程の威圧感と恐怖心を体感している。

 あれ程に放っているのは、それ程の御憤りという事だが、それ程だから龍の強大さが理解できる。

 なぜ瑞獣のお妃様が、愛娘を今上帝に差し出したか……なぜ雌雄も決めずに差し出したか……その理由が理解できる。

 あれは……それ程迄してでもおとなしく、させていたい程のなのだと……。高々の人間ではなく、神のかのお方達がそうする程のなのだと……。


 カサカサと、枯れ葉を踏む音がした。と同時に


「お師匠様~」


 寺の脇に立って五一が手を振った。

 朱明と師匠が視線を向けるより早く、尻餅をついていた一躍が駆け出し、そして五一の傍らにいた人物に思いっきり拳を投げかけた。


「兄者!兄者に何をする」


 喰ってかかる五一に構いなく、一躍は叩き伏せた貝耀がいように飛びかかり、馬乗りになって殴りつけている。


「折角の思いで、帰って来た兄者に何をする……」


 五一は、一躍の腕にしがみ付いて叫んだ。


「兄者……何をしでかしたか……解っててやったのか?」


 一躍の声が震える。力いっぱい貝耀を殴りながら、ポロポロと涙を零して声が震えて詰まった。


「……何を……って、妖狐の皇后を退治したのだろう?」


 五一が、しがみ付きながら叫んだ。


真実ほんとうに、そう信じてやったのか?そうなのか兄者〜!!!」


 貝耀は殴られながら、天を仰いで黙っている。


「……一躍よ、もうそれ位に致せ……」


 師匠が声をかけると、一躍は涙を拭きながら貝耀から身を離した。


「妖狐では無い事は知っていた……だがあやかしである事は違いない、それは見事な青い鳥と化して天を飛んだ」


 貝耀は天を仰いだまま言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る