第101話

「……あのは?」


 視線を合わせる事なく、御問いになられる。


「あの?」


「……皇后を仕留めたヤツだ……を連れ出したであろう?」


 それでも、視線を天に向けて言われる。


「さあ?私は存じませぬ……あの者が、そうだったのでございますか?」


 伊織が、渾身の力を振り絞ってとぼけてみせる。


「フッ……そなた、またしても私をたぶらかすか?」


 今上帝は初めて、その腫れて赤くした御眼を御向けになられた。必然的に伊織と視線が合わされる。


「……まぁよい……必ずや見つけ出し、地獄の苦しみを与えよう程に……」


 そう御言いになられると、再び視線を避けられた。


「この塊が何か?そなた聞かぬのか?」


「……こちらにお越しの、理由わけにございます」


「……小憎らしい程の者よなぁ……全てお見通しか?」


「それこそ何方どちらが?でございましょう……」


 すると今上帝はクスリと、御笑いになられて立ち上がられた。


「最後の最後に、詫びを申されるとは……実に憎きお方よ……」


「当然にございましょう。主上の御父君様でございます……」


 伊織は知った顔で答える。

 今上帝はまた笑んだ。


「確かに……何一つとして、敵う事のできぬお方であった……ただ、青龍を抱きし事以外には……」


「そしてを、一番欲して御いでのお方でございます」


「哀れなお方よ。かのお方も、御父君様の御一言に惑わされた。高御座たかみくらの座につかす理由として用いた御言葉を、鵜吞みと致され生涯の枷とされたのだ……。しかしながら、それ以外であらば、あのお方に敵う者など、この今生には存在しなかった……」


「……ゆえにいずれ主上は、此度と同じ事を致されました」


 伊織が知り顔で言うと、今上帝は伊織をジッと見つめる。


「……早いか遅いかの、違いだけにございます……尚を申させて頂けるならば……」


 伊織は真顔で続ける。


「父子仲が御良好であられず、幸いでございました」

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