第98話

「……して?その根付の、五尾の妖狐とやらも姿を現わせ。どうせ鬼が現れたのだ、妖狐が現れても驚かぬ」


 最もこういったもの達に否定的な伊織だが、先程から気になって仕方なかった様で、朱明の掌に向かって言った。もはや面前に大鬼を見、先程朱明を背にして走って来た姿を目撃しているのだ、目で見たものを否定する性格たちではない。認めるものは、あっさりと認める清さが持ち前だ。

 すると聡い伊織には、胡魔化しが効かぬ事を悟った孤銀が、狩衣姿の従者となって姿を現した。

 すると伊織は一瞥したきり、朱明に視線を移した。


「……この者の命を頂く依頼は、反故としてくれ」


「……それは伊織様の、私に下される命にございますか?」


 朱明は尚も、敵意に満ちた視線を外さない。


「ああ……。そして主上の命も忘れろ……」


「如何して?如何してでございます?この者は……」


 朱明が声を荒げる。


「ああ……皇后様を害するとなった……だが真実呪をお御かけになられ、邪悪なる呪によって苦しめられたは……法皇であられた……」


「えっ?」


 朱明が、視線を伊織に移した。


「如何なる呪とて……に敵う物は存在せぬ……つまり、あれ程のお方を追いやるには、それなりの念を込めたという事よ……そしては、皇后様にではなく、主上に込められた物であったのだ……。その者はその不思議なを、法皇に加担させただけだ……朱明よ……さほどの御妬みを法皇は御子様の主上に、御抱きであられていたという事よ……」


 伊織は、只々無表情なまま言った。

 だから朱明は、伊織を見つめたまま小刀を下ろした。


「……天狗山の御師匠様の所の、五一殿にお聞きして参ったのでございます。まさかもはや主上様が、御出あそばされておいでとは……」


「もはやあのお方を、お止め致す事はかなわぬ……これほどいて御越しになられ様とは、私も思いも致せなかった……それ程迄に御憤りははなはだしい」


 伊織は、大きな嘆息を吐いて言った。

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