第96話

「さようか……気づくが遅れた……そうか……こうして愛でるという、そういう付き合い方が存在したのだなぁ……。今上帝よ許せ……この愚かなる父を許せよ……私の失敗しくじりは、そなたを愛おしまなんだ事であったか……」


 瞬時法皇は、今上帝に笑顔だけを御遺しになられて、その崇高なる光の閃光に劈かれて、焼け焦げた肉の塊と御なりになられた。

 今上帝はその塊の御前で、尻もちを御つきになられて呆然とされた。

 最期の最後に御遺しになられた、その優しく慈愛に満ちた微笑みと共に、一筋の滴の跡を今上帝の脳裏に刻み込まれ、法皇は青龍に魅入られ続けられた一生を御果てになられたのだった。

 後院に、恐ろしくも御悲しげな慟哭が響き渡った。

 それはいつまでも、はばかる事なく響き渡る。




 伊織は貝輝がいように、後院から出ると腕を振り払われた。


「御逃げくださいませ」


「何処に?」


 貝輝が冷めた目で聞いた時、恐ろしい程に響き渡る慟哭を耳にして、慌てて踵を返そうとして、再び伊織に腕を掴まれた。


「法皇様の、御遺旨にございます」


「何を……お前、子が親を殺したのだぞ?」


「御子ではございませぬ。貴方様が申される化け物……青龍でございます」


「ふん。ただの屁理屈だ」


「いいえ。御父子ごりょうにんの間には、青龍が存在致しておったのですから、それゆえの行き違いにございます……そして此度、その青龍が法皇様のお力を、喰ろうたのでございます……貝輝がいよう様……これから青龍は、中津國の力という力を喰ろうてまいります……それを御念頭に御逃げくださいませ……」


「……ならば、余計に何処に行けと?」


 貝輝が呆れた様に言った時に、遥か彼方から大きな何かが、ものすごい勢いで走り来るのを二人は目に止めた。

 それは銀色に輝く五尾の狐の背に乗って、まるで振り落とされぬ様に、しがみついている朱明だと、それは聡い伊織は確信した。

 そしてそれは近づくにつれ、確かなものとなった。

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