第89話

「……ゆえに私は陰陽頭おんようのかみに命じた、そんな青龍は子ごと始末せよと……その折に母である純子の死はやむなし……とな……」


 法皇は、肩に置いた御手の御力を緩めて笑われる。


「……だがしかし、陰陽頭ですらそなたを害せず、それ処かそなたに報復されて果てた……その時陰陽頭が陰陽助に言い遺したのだ……これ程のものは決して害せぬ、夢夢御関わりなき様に……私に伝えよと……

 なんとも、そなたは執拗なるものよ……私はそなたを害するを諦めた……天命ならば逆らえぬ……純子は兄の関白の屋敷に下がり、そなたを産んだ……あれ程侍医達が案じた純子の出産は、不安の欠片も無く体調の不良も無い物で、その時兄の関白が申したのだ。これは天意だと……天が望んで誕生させたのだと……ならば私にそれを阻む術は無い」


 肩に置かれた御手を引かれて、法皇は今上帝の御身からも御身を引かれた。


「私は皇子誕生の知らせと共に、親王宣言と皇太子の冊立を行ったが、純子は私を恐れてなかなか戻っては来なかったが、兄関白の助言で内裏に戻った。しかし、青龍と身二つとなった純子は、徐々に体調を崩した。否、青龍の加護が無くなって、ただ元に戻っただけであったのであろうが、やはり大義をなした躰は、もはや元には戻らなんだ……徐々に衰弱して行ったのだ……だが純子はそれを青龍の所為に致す様な、そんなものではなかった。その有り難き力によって、世にも愛おしき存在ものを御与え頂いたと、それは美しい笑顔を私に見せた。……後にも先にも、あれ程の美しい女の顔を私は知らぬ。そして里に下がる最後に、純子は同じ笑みを浮かべて私に言うたのだ……真に貴方様の御子を得られて幸せ……だと。諦めていたが何処の世に、最愛なる夫の御子を欲せぬ妻がおりましょうや?最愛なる貴方様の御子を得られ、これ程の幸せはございませぬ…… そう純子は眩い笑顔を向けて言うたのだ……如何してその様な事が言える?どの口が語る?私を残して逝くかもしれぬのに……真実まことは私との子を、この世に残したかったのだと……いつか遺される私に、そなたを遺したかったと……私を独りにするやもしれぬのに言うのだ……」

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