第86話

「自分の権力の為に、我がの命を賭ける……何たるおぞましい父……そんな純子の父と、私の母は同腹よ……徳など持ち様はずもない……中宮となった母の妬みが激しく、とうとう父帝に愛想を尽かされ、私に譲位すると後院へと赴かれた。後に心根の優しい下働きのものとの間に、子ができたと聞いたが、いかんせん母の身分が低い為、そのものが亡くなると、その子は出家させたと聞いたが、老いて初めて得た安らぎであったとか……父院はそのものの後を追う様にみまかられたが、すらも隠す様な母であったが為、私は崇高なる青龍が好んでは下されなんだと悟った……」


 法皇は今上帝を、睨め付ける様に言われる。すると今上帝は、呆気にとられて御いでであられたが、急に声を上げて高笑いされた。


「如何にも、貴方様の母は余りにも心根がしかった。あの様な者は、人間の男のみならず、あやかしとて物の怪とて青龍とて好みは致しませぬ。よろしゅうございますか?天子は徳が高くなくばなりませぬ、それは誕生致せし時より……でございます。腹に居る胎児が、如何にして徳を積みまする?母の性根で決まりましょう?子を宿した瞬間より、腹の子に徳を積ませる事のできぬ者に、尊き青龍が抱かれるはずもございますぬ……貴方様は青龍を抱いている、としてでも高御座たかみくらに御つき頂かねばならぬ、そんな一族の策略によって、その座に座られし天子なのです……そんな貴方様が青龍を欲せられるとは、それこそ身の程知らずな……わたしに言わせれば、笑止千万にございますよ」


 今上帝は御腹を御抱えになられる格好を、御作りになられて笑われる。それは面白いと言わんばかりに、それは滑稽と言わんばかりに……。


「その様な貴方様が、何故に朕を害せましょう」


 今上帝は嘲る様に法皇を笑い見て言われ、法皇は少しの顔容の色を変えられた。

 その微かなる青白さは、もはや儚さを放っていた。

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