第82話

 それを阻んだのは伊織だ。

 一族をどさくさに紛れて逃し、后妃も逃した。

 そして宮中には、官人が大して居ない。

 居るのは行き場の無い者達だけだが、それとて今上帝の側に寄りたがらない。

 今上帝の行動は、力を欲する青龍のと、皇后を失った今上帝のが、相まっておこしている行動だ。

 明日は法皇の力を奪いに行く……否食らいに行くのだ。

 そして邪道陰陽師の、その力も食らう。

 ……そしてそれから?それからどうされる?何を食らう何を得ようとするのか?

 今上帝が得ようと考える事は理解できるから、だから伊織はどうにか阻止できる。だが、青龍が欲する力は余りに多すぎる……。何をどうして……どうやって……計り知れな過ぎて、どうにもならない。

 御子様方をお連れしてお側に置けば、どうにかなる事だろうか?……


「はあ……」


 脇息に御もたれの今上帝が、大きく嘆息を御吐きになられた。

 その溜め息が恐ろしい。何を望まれての物か、が解らずに恐ろしい。

 女の生力を、望まれておいでであるならば尚の事だ。

 恐妻家の……否々のこのお方が、皇后以外を望まれる……それはこのお方の堪忍がギリの処まで来ているか、はたまた皇后が真実今生に存在されていないかの、何方どちらかだからだ。



 翌日空は綺麗に晴れて、天高く青かった。

 伊織が生まれてこの方見た事もない程に、高く澄み渡った青空。

 それは余りに高くて気味が悪い程だ、と伊織は思った。

 行幸はどうにかこうにか、伊織の今までの人徳で最低限の官人を集めた。

 つまり今上帝をお連れするのに、恥ずかしく無い人数という事だ。

 原来今上帝の行幸には、大勢が供奉ぐぶするものだが、年をとった老大臣達は、今上帝のその恐ろしさに腰を抜かして、参内できない者ばかりだ。

 だから重臣の供奉はなく、伊織を慕う若い者達が動いた。

 親王の皇太子の座を巡り争っていた関白は、左大臣の急死を聞いて恐れをなして、それこそ屋敷の塗籠ぬりごめという、土などで厚く塗った壁で作られた部屋に籠り切りだと聞いた。

 兄弟で争ってこのざまだ……。

 伊織は嘲りの気持ちしか、持ち合わせていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る