第76話

「……ならば……瑞獣お妃様をご存知ならば、その姫君様が今生の皇后様となられたはご存知で?」


「ほう?瑞獣のお妃様に、姫君様がおありでございましたか?」


「……はい。大青龍を御抱きの今上帝様に捧げられし、青龍の力を抑えるが為の皇后様にございます」


 真顔の朱明の言葉に、高僧は固唾を飲んだ。


「今上帝様は、青龍を御抱きか?」


「はい。そしてその力を抑えるは、瑞獣様にしか御できになられぬとか?」


 尚も真顔で探る様に言う朱明に、高僧も同様の真顔を向けた。


「瑞獣鸞は、鳳凰から誕生せし物と言われております。鳳凰の炎は青龍の水の力をも凌ぐ物であるが為、その力を抑えるは鳳凰又は鸞と言われておるとか?」


「ゆえにお妃様は、姫君を今上帝様に捧げられたのです……その抑えの皇后様が何者かに害され、行き方知らず……否、その尊き御気配をお消しにございます……」


「何と?」


「……その折に使われし、と思しき呪が邪道の呪術……月読つくよみ様の月明かりに微かに、キラキラと輝きを残し護符がございました……」


「……月読様の月明かり……それが邪道の呪だと?」


 高僧は重々しく朱明を見つめる。すると朱明は、ゆっくりと大きく頷いた。


「魚精王の金鱗きんりん様が、そう申されました……」


「魚精王?あの河神かしんの?綿津見神わたつみしんと、同じ祖先の神を持つ?」


「さようにございます」


 朱明は一瞬なりとも、高僧から視線を逸らさずに頷いた。


「……ならば、私にお聞きになりたい事とは……」


「破門されし、お弟子の事でございます」


貝耀がいようの事でございますか?」


「貝耀……その者の名でございますか?」


「……いや……あれは、それは貴きお方の落とし胤で……身分の低い母から産まれ、親王とも認められず、母亡き後寺に入れられた子でございます」


「……親王様?」


「……と申しましても、もはや貴きお方は譲位され後院に引かれてからの、その……やんごとなき御子でございます」

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