五巻

第48話

「伊織」


 今上帝は清涼殿に姿を見せた伊織に、それは恐ろしい程に冷やかな笑みを向けて言われた。


「……はい」


 声が少し上擦うわずる。それを今上帝は嘲る様に一瞥される。


「左大臣をここに……」


 その御言葉に伊織が、眉間に皺を寄せた。


「……いや……蔵人くろうどをここに呼べ」


「???蔵人でございますか?」


「そなたを呼びに行かせたら、そのまま誰も居なくなった」


 せせら笑う様に今上帝は言われる。その顔容が恐ろしい。

 法皇を虜とされた、亡き中宮の御子様であられるだけの事はあり、それは整った顔容のお方であられる。余りに整い過ぎる容姿は、冷やかさを備えられると、それは御美しいが恐ろしさが格段に増されていく。

 伊織が清涼殿を出ると、かなり遠くでこちらを伺う蔵人達を見つけた。

 伊織はその者達の中の一人を呼んだが、なかなかその一人が決まらず、やっと決まった一人がおずおずと身を屈めてやって来た。


 ……さすがに、そこまでではないだろう?……


 突っ込みを入れたいが、気持ちが解らないわけでは無い伊織だ。

 蔵人は簀子すのこに座した。


「左大臣をここに呼んで参れ」


 今上帝の御言葉に、伊織の顔容が動いた。それを目敏めざとく認めた蔵人は、伊織の顔色を伺う。


「そなたの主人は伊織か?」


 今上帝が面白そうに御言いになられるので、蔵人は慌てて返事をして下がった。


「……どうやら宮中の者達は、主人の言う事より、そなたの顔色を伺うと見えるな」


「何を仰せられます……」


「……こういう時に、真の主人が解るものよ。私は実に無能な主人らしい……」


 伊織は楽しげに御言いの今上帝を、恐怖を通り越して睨め付けた。


「如何してあの者に?私が赴きましたものを……」


 左大臣の事を言った。


「そなたはに情けをかける……違うか?」


 その冷やかな笑みが、氷の様に輝いて見えた。

 伊織は渋面を作って、今上帝を睨め付ける。


「……それよ。そなたはそうでなくとは、面白くも無い」


 今上帝は、氷の笑みを輝かせられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る