第47話

 あの恐怖は半端ではなく、そしてを……御側の者達が恐れおののくのを、楽しんで御いでの様に見受けられる。

 が噂に聞く、青龍の真の力なのか……。

 ならば噂は決して嘘では無い。あれ程の物だ、真実この国の全てを呑み込みかねない。

 いや……あれ程のだと、何方どちらかというと、不思議なものに対する贔屓ひいきの無い伊織が感ずる程だ、たぶんは物凄いものだ。

 ゆえに瑞兆ずいちょうを知らせる瑞獣鸞ずいじゅうらんのお妃様は、姫君様を今上帝の御側近くに置く為に差し出された。つまりを抑えるが為だけに、ご自身の姫君様を今上帝の后とする為に、この現世に送られたのだ。

 それを意味する事は……つまる処、瑞獣鸞の皇后様が存在しなくなった時点で、あのバカでかい青龍の力を、抑えられる者は存在しない。


 ……どうすればいいんだ……


 高々の人間の高御座たかみくらの為に、欲をかいてこの国の護り神を害した代償は大きい。

 伊織すら御側に近寄るのが恐ろしく、なかなか清涼殿に赴けない。

 この伊織が近寄れないのだ、他に近寄れる者など居るはずが無い。

 そこまで自負する伊織だ。長年今上帝と築き上げて来た絆だ。

 そう思う癖に恐ろしさに身がすくむ。

 この自分がこんな事ではならぬ……と自身を鼓舞するが、やはり恐ろしいものは恐ろしいから、ついつい蔵人所に居座っている。


「伊織様……」


 恐れ慄いているのは、宮中の大方だ。

 殿上の間に昇殿を許された殿上人と蔵人が、清涼殿の殿上の間に伺侯しておられずに、此処に逃げて来ているが、伊織は自身が自身だから何も言えるものではない。

 怯える蔵人達に促されて、恐ろしい今上帝にかしずくのは、当然伊織と決まっている。

 伊織は思い腰を上げて、清涼殿に向かった。

 できる事なら行きたく無い……が心情だが、そうはいかない事を知っているし、如何様に今上帝が御成であろうとて、御側に最後まで傅くのが自分である……という強い思いがある。

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