二巻

第15話

 陰陽寮の陰陽博士の安倍朱明は、自分には身に余る屋敷の母屋で、それは大きな溜め息を吐いた。


「如何なされました?朱明様」


 幼い頃から側に在って護ってくれる、銀の根付の妖狐の孤銀が、根付から姿を現して聞いた。


「なんか……陰陽寮の陰陽博士に昇格したのにさ、またまた陰陽助おんようのすけになるんだ」


「それは、おめでとうございます」


 浮かない表情の朱明とは正反対の孤銀が、それは嬉しそうに祝いを言った。


「はぁ……何がさ?ちょとした霊的な、調伏しかできないのに?瑞獣様が皇后様となられるのに、陰陽寮の陰陽博士じゃ格好が付かないから、陰陽頭にするが為の昇格だぜ?全然実力じゃない……」


 もともと陰陽寮は、占筮せんぜい相地等をお役としていた。それが他国の陰陽道の導入と共に呪術も導入され、ある天才によって貴いお方に認められ今の確固たる地位を得たが、それは摩訶不思議なを誇示する事だったわけだが、有り難い事に瑞獣のお妃様によって、大物達は鳴りを潜めたから、方位学天文学による占術が主となるなり、貴族達からの依頼なんてものは、ただの霊的な小物の調伏程度であった。何せ宮中という処は男女問わずに妬み嫉みが多い処なのだ。

 ところが瑞獣お妃様が、御降臨より二百年程経った昨今、偉大なるお力が失せてきた物なのか、偉大なる結界に綻びができた物なのか、羅城門の鬼の様な大物達が蠢き始めてしまった。

 だが平安なる治世を安穏と育った者達にとって、大物あやかし達はもはや架空の存在となっていた。

 この稀有なる国に生まれながら……である。

 仮令不思議な力を持って誕生した処で、達を知らずに育てば、その力を育てる事も伸ばす事も無い。

 そんな時代に生まれた朱明であるから、ちょっと不思議な力を持ってはいるが、それは小物物の怪達にすら侮られる始末といっていい物だ。

 ……という事で自分の実力が解っているから、大嘆息の朱明である。


「それでもご出世は、めでたき事でございます。お母御様もお喜びとなられましょう。妹御様のご縁談にも良いと存じます。兄の朱明様の官位が高くなれば、それだけ良い縁談が頂けます。北の方となられ、他のお方達よりも優位な立場となられ、お子様の出世にも良いかと存じます」


 中津國の貴族の現状は、男が女の元に通う通い婚だから、妻の実家の財力が物をいうご時世なので、妻が複数ならば実家の力で妻の優劣が決まる。

 

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