第10話 託されたもの

綺麗な人だった。しかし彼は、大して気にもしないようで田口を見た。


「あれは


「え?!」


 確かに。保住は妹がいると話していたが。まさか、彼女が。


「似ていないだろう」


「いえ……似ていますよ」


「とってもお綺麗です」と言いかけて、田口は言葉を飲み込んだ。


「そうか? 似ているだろうか。あれは気が強くて、男まさりだ。なかなかの年なのに、彼氏の一人もいないのだからな。田口、どうだ?」


「あの。おれは仕事で手一杯です」


「お前もつまらん奴だな」


 保住は首を傾げたが、「それより。澤井の話ってなんだ」と身を乗り出した。


 ——仕事好きめ。


 苦笑するしかない。保住は保住。変わりがない。一週間も顔を合わせていないと、なんだか身構えてしまっていたが、そんな心配は無用だったようだ。


「明日の退院後、一週間ほど療養するように言いつけられましたね?」


「聞いている。だが、そんなことをしている場合か。明日退院したら、金曜日から出るつもりだ」


 ——きた。


 澤井の読み通りの回答だ。


「そう言うと思いました。局長の読み通りです」


「なんだ。田口は随分と澤井と仲良くなったものだな」


「仲良くはありません。多分、あなたがそう言うだろうから、しばらく自分が面倒をみるようにと言われました」


「面倒なんて、みてもらわなくても平気だ」


「いえ。百歩譲って来週月曜からの出勤は認めるそうです」


 田口は続ける。


「その代わり、おれ金曜日から夏休み休暇なので、その間は仕事に触れないように、しっかり休ませろと言われました」


「澤井の奴め。余計なことを……」


 保住はめんどくさそうに顔をしかめるが、田口はどちらかといえば、今回は澤井の意見に賛成だった。


「月曜から出られるんですから、そのくらいは言うことを聞いてください」


「言うこと聞けと言われても」


「係長」


 田口は真面目な顔をして保住を見る。


「おれの実家にいきませんか」


「へ?」


 瞬きをしている保住だが、田口は真面目な顔だった。冗談ではないということ。


「局長からの提案です」


雪割ゆきわりは米どころで平野。雪国だから夏は梅沢より快適に過ごせるのだろう? 農家で家が広く余裕があるなら、この週末は保住を連れて行け。そこで休ませろ。実家で面倒をみると親御さんが話していたが、あいつのことだ。梅沢にいる限り、仕事をし始めるに決まっている』


 澤井はそう言った。


『月曜からの出勤は目をつむってやるから、週末は必ず休ませろ。梅沢から離せ』


 昼間の邂逅かいこうを思い出す。内心、自分も賛成だ。だから、こうして提案できるのだろうが。保住からしたら寝耳に水だろう。


「しかし……」


「気を使うようなところではありません。農家だし。家は広いんです。部屋から出ることはありませんし、体を休められると思います」


「面白い提案じゃない」


 珍しく戸惑っている保住より先に、廊下から顔を出した妹が口を挟む。


「みのり」


「いいじゃない、お兄ちゃん。家に来たって仕事仕事じゃ休まらないし。雪割って空気も綺麗そうだし。リフレッシュ大事よね」


「そう簡単な話じゃ……弱ったな」


「決まりです。明日、退院したら。そのまま行きましょう」


「田口」


「たまにはいいじゃないですか」


 決め兼ねている保住。仕事のことだと判断が早いのに。自分のことは、からきし決められないようだ。


「澤井のおじさまが、そう言うなら従ってみたらいいじゃない。私も行きたいくらい」


 みのりが口を挟む。兄の性格は心得ていると言うことか。


「しかし」


 迷惑はかけられない、と保住の目は言っている。


「いいえ。逆に来ていただかないと。局長にどやされて困ります」


 田口の言葉に、保住はため息を吐いた。


「わかった。今回ばかりは澤井にも田口にも世話になりっぱなしだな」


「良かった。よろしくお願いします」


「こちらこそ、どうぞよろしく」


「兄をよろしくお願いします」


 三人はお互いに頭を下げて、なんだか妙におかしくて笑ってしまった。

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