第14話 澄香お嬢様降臨(?)

 貞彦、素直、安梨の三人は、白須美家近くの公園に訪れていた。


 受験で忙しいにも関わらず、相談支援部のために、わざわざ来てくれるらしい。


 貞彦は、どれだけ感謝の念を積んでも、到底足りないと思っていた。


「うーん」


 突然、素直が苦悩に満ちた声を出した。


「素直、どうした?」


「呼んでおいてなんだけどさ。うまくいくのかな」


 素直はなんだか、不安そうだった。


 普通に怒られたことで、まだ弱気な心が顔を出しているらしい。


「スナスナがなんだか元気がなくて、心配ですの」


「まあ無理もないさ。というか安梨。お前はほんとめげないな」


「めげたり悩んでいても、しょうがないですわ。スミスミに会える可能性があるなら、やるしかないって思います」


「そうだね。ああああさんをわたしも見習うよ」

 

 素直と安梨は、仲良くハイタッチをしていた。


 いつも元気いっぱいな、小柄コンビを見ると、なんだか元気が湧いてくるようだった。


 とはいえ、不安は完全にはぬぐえない。


 どうなるのかとドキドキしている最中、珍しく貞彦に着信があった。


 さらに珍しいことに、カラスからだった。


「もしもし?」


「おう貞彦。早速だが、そんなに不安にならなくても大丈夫だぞ」


「あんたもエスパー!?」


 貞彦の心情を言い当てられたことで、焦ってツッコミを入れてしまった。


 紫兎といいカラスといい、この学校の奴らはどうなっているんだと、貞彦は思った。


「それにしても、不安にならなくてもいいっていうのは、どういう意味なんだ?」


「なあに、それは近いうちにわかるさ。もうすでに、そっちに向かっているからな」


 カラスは愉快そうに、意味深なことを言った。


 もう向かっているということは、誰かがここに来るという意味だと考えられる。


 ここに来る約束をしているのは、峰子しかいない。


 確かに、峰子が状況打破のための鍵になっているのだが、どうしてそんなに自信満々なのだろう。


 貞彦が疑問に思っていると、突然視界が真っ暗闇に満たされた。


「だ、だーれだ」


 精一杯おどけようとしたが、恥ずかしさが勝っていることがうかがえる声色。


 まるで意図はわからないが、峰子がなぜか私は誰だゲームを始めたようだった。


 貞彦はとりあえず、ルールに則ることにした。


「峰子先輩だろ」


 答えると同時に、目隠しが外される。


 正解を確かめるために、貞彦は振り向いた。


 そこには、白須美澄香がいた。


「澄香先輩!?」


「えー澄香先輩がいる! なんでなんでー!?」


「スミスミ! 無事だったんですのね!」


 三人は驚きつつ、歓喜の声を上げた。


 どういった理由かはわからないが、澄香と再び会えたことで、貞彦は感情が溢れかえり、どうにかなりそうだった。


「えーと、私が、白須美澄香です。す、好きなチェック柄はギンガムチェックです」


 澄香先輩(?)はもじもじしながら、変なことを言っていた。


 おかしいと思い、貞彦たちは目を凝らして観察をした。


 よく見ると、髪をおろし、眼鏡を外した峰子だった。


 どういった流れかは知らないが、どうやらカラスにそそのかされて、澄香のマネをするように言われているのだと推測した。


 峰子も限界なのか、真っ赤になってうつむき始めた。


「あの……そろそろ、よろしいでしょうか。実は私は、白須美先輩ではなく……」


「ねーねー澄香先輩。久しぶりにあれが聞きたいな。澄香先輩がいつも言ってるでしょ?」


 峰子のネタバラシを、言わせまいと素直がさえぎった。


「え、え?」


「俺も聞きたいな。澄香先輩がいつも言っている、あの意外な言葉がさ」


「楽しみですわ。スミスミの決めセリフ」


「白須美先輩に決めセリフなんてありましたっけ!?」


 峰子は混乱していた。


 その混乱を楽しむかのように、後輩たちは期待の眼差しを峰子に向けていた。


 峰子は困り果てた挙句、覚悟を決めるようにため息を吐いた。


 後輩たちの期待に、応えることに決めたようだった。


 峰子は、澄香がやっているように、穏やかな微笑みを浮かべた。


「『運命はわれわれに幸福も不幸も与えない。ただその素材と種子を提供するだけだ』モンテーニュがエセーの中で記した言葉です」


 峰子は後輩たち一人一人に、慈愛に満ちた笑顔を振りまいた。


「運命からもらった種を、どう育てるかは自分たち次第です。それは幸福にも不幸にもなります。自分で選ぶことができるというものが、幸福であるのだと思います」


 峰子は言い切った。


 いかにも澄香が言いそうなことを、見事に言い切った。


「いい言葉だけどそういうのじゃないよね」


「いい言葉だけど不正解だな!」


「ですわー」


 峰子の全力の解答に、後輩たちは辛辣だった。


 落ち込む峰子に、素直は近づいていった。


 そして、耳打ちで何かを告げていた。


「え……こんなことを言わなければいけないんですか?」


「うん。澄香先輩がいつも言ってるよね」


「いや絶対に言ってないじゃないですか!?」


 峰子は無理だと首を横に振りつつも、なぜか覚悟を決めたようだった。


 自分で振っておいてなんだが、どうして峰子はこんなにも体を張るんだろうか。


 力になってもらっているにも関わらず、貞彦は失礼なことを考えていた。


 峰子は、澄香が見せないような、嫌悪に満ちた表情で貞彦を見下した。


 貞彦はドキッとした。


 このドキドキがどちらの意味なのかは、考えないようにしていた。


 たっぷり雰囲気を作った後に、峰子は言った。


「あなたって本当に……最低のクズですね」






 ひとしきり峰子と遊んだ後、ようやく現状の説明を峰子から聞くこととなった。


 素直が電話をした時に、ちょうど峰子は学校にいて、たまたま近くにカラスがいたらしい。


 峰子は背格好や容姿が澄香と似ているため、インパクトを出すために、澄香に寄せていくことをカラスは提案した。


 演劇部の秋明の協力もあり、澄香そっくりな状態にメイクアップされて、今に至る。


 そういった事情があったらしい。


「『いきなり白須美さんが現れたって思わせられれば、相手も気になって話を聞かざるを得ないだろう』ってそれっぽいことを言っていましたが、なんで私がこんなことを……」


「すまないけど、峰子先輩今だけは耐えて欲しい。この機会を逃すと、もう二度と訪れないかもしれないんだ」


「峰子先輩! お願いだから力を貸して!」


「ミネミネ。写真を撮ってえすえぬえすとやらにアップしてもいいですの?」


「安梨、ちょっと今は静かにしような」


 貞彦がたしなめると、安梨はしぶしぶと口を閉じた。


「本当に、大丈夫でしょうか? 私はきちんと、白須美先輩に見えていますか?」


「ばっちりだよ! ねえ貞彦先輩」


「あ、ああ。どこからどう見ても澄香先輩だよ」


 後輩たちに励まされ、峰子は顔を上げた。


「本当ですか?」


「大丈夫大丈夫」


「自信を持てって」


「私は澄香。私は白須美澄香。なんでも肯定してくれて、優しくて、お転婆で、なぜか私には容赦ない白須美澄香。私は澄香……」


 峰子は、ぶつぶつとつぶやいていた。


 自己暗示をかけているようだった。


「私は澄香――それでは、参りましょうか。貞彦さん、素直さん」


 峰子は、貞彦と素直を呼んだ。


 その仕草は完全に、澄香と瓜二つだった。











 きつめの瞳をした女性は、澄香そっくりの峰子を見て、表情をこわばらせた。


 それも一瞬のことで、みるみるうちに表情は崩れていく。


 貞彦は動揺していた。


 だって、大の大人が、泣きそうになっていたからだ。


 きつめの瞳の女性は、恭しく礼をしつつ、言った。


「おかえりなさいませ――澄香お嬢様」

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