第14話 相談支援部(出張版)

「それでは、文化祭におけるメインイベント! ミスター&ミスコンテストを開催いたします!」


 熱狂を表現するように、司会者は声高に宣言した。


 観客たちも、自ら高ぶりを歓声でもって答えた。


 盛り上げるような口笛、黄色い声援も飛びかっている。


 エサに群がるハイエナよりも、欲望が渦巻いている。


 楽しいことを感じたい。綺麗なものをみたい。


 根源を刺激する欲望が、会場を満たしているようだった。


 貞彦は、そんな熱狂の渦中には、いなかった。


 コンテスト目当てに、文化祭に訪れた客や、店員たちはほとんどが出払っていた。


 貞彦は、出張相談のブースで、ポツンと取り残されていた。


「別に寂しくないし」


 誰に対しての言い訳か、貞彦は呟いた。


 ほとんどの人は、コンテストを見に行っていた。


 仕方がないと思うけれども、閑散とした状況はなんとも言い難かった。


 歓声があがるたびに、ため息が漏れる。


 もういっそこの場をほっぽりだしてもいいかなーと思っていると、目の前の椅子に誰かが座った。


「いらっしゃいませ」


 反射的に歓待の言葉を述べる。


 出張相談に訪れたのは、見覚えのある人物だった。


「あれ? お前は確か、秋明だよな」


「……ああ」


 演劇部の脚本担当、秋明が浮かない顔で出張相談に訪れていた。


 自信満々に物語を語る姿は、なりを潜めている。


「えっと、ここに来たってことは、何か相談事があるんだろ?」


「そう。ずっと言いたくても言えないことがあって」


「言えないことなのに、どうして相談に来たんだよ」


「君のブースは全然人気がなくて、今なら誰にも聞かれないかなって思ってさ」


「納得いかねえ!」


 貞彦はツッコんだ。


 けれど、人がいないおかげで、秋明が相談しやすいというのであれば、好都合というものだった。


 秋明は、安梨が悲しむような物語を書いた張本人なのだ。


 何かしらの情報が得られることを、貞彦は期待していた。


「まあいいや。それで、相談事はなんなんだ?」


「前に中庭で演劇をやっていた時、女の子に突っかかれたことを覚えているかい?」


「もちろん覚えてるよ。それがどうかしたのか?」


「彼女に言われたことが、いつまでも頭に引っかかっているんだ」


 安梨は言った。


 悲劇で終わってしまったら、死んでいった人々はどうなるのか。運命に翻弄されて、あるはずだった人生が奪われていった、そんな無念をどう晴らせばいいのか。


 あの時の秋明は、これはあくまで物語だと、安梨の思いを突っぱねていた。


 その姿勢が、間違っているとは思わない。


 けれど、安梨が切実に願う思いを、否定する気にもならなかった。


 どちらも正しいからこそ、何も言えないようにも思える。


「どっちの意見も、別に悪い物じゃないんじゃないか」


「だとしたら、どうして僕はこんなにも悩んでしまうのだろう」


「一体、何に悩んでいるんだ?」


「物語の結末が、書けなくなってしまったんだ」


 秋明の表情は、前髪に隠れて見えない。


 きゅっと結んだ唇からは、苛立ちや悔しさが見て取れた。


 澄香なら、こんな時にどうするだろうかと、想像した。


 澄香の言っていたことを思いだす。


 傾聴の技術。目で聞き、耳で聞き、心で聞く。


 相手に対して、真摯に気持ちを傾けること。


 相手のことを本気で思うからこそ、相手は心を開いてくれる。貞彦はそう感じていた。


「それは、なぜなんだ?」


「もともと、物語の構想自体はあったんだ。敵となってしまった愛する人を、国のために打倒す」


「それで、どうなるんだ?」


「一人の女性としてではなく、一国の王女であろうとした彼女は、その結末に葛藤を続ける。その苦悩にこそ、人間性とドラマがあると、僕は思うんだ」


「ああ。お前の言うことも、わかるよ」


「そして、戦いの傷が癒えてきたところで、彼女は最期……」


 秋明は、言葉をつぐんだ。


 その先を言うことを、ためらっているらしい。


 言わないという行動の裏には、どのような感情が巡っているのか。


 言いたくても言えないこと。


 その裏には、きっと葛藤がある。


 話の流れから、秋明の抱いている感情に、予想がついていた。


 否定されたくない。非難されたくないといった、防衛の感情だ。


 どれだけ強気なことを言おうとも、傷つけば痛い。誰だってそうだ。


 飄々とした仮面の裏には、傷や痛みが潜んでいる。


 そう思う。


 だからこそ、貞彦は秋明の気持ちを受け止めたいと、思うことができるようになっていた。


「言いたくないのなら、言わなくてもいい。けれど、これだけは言っておくぞ。お前がどのような結末を描いたとしたって、それは一つの物語だ」


 秋明は何も言わずに、貞彦の言葉を聞いている。


 貞彦は、なおも続ける。


「良いのか悪いのかなんて評価が、気になるのは当然だよな。ただ、俺はお前の物語を決して否定しない。どんな結末であろうとも、それが思い描いたものなんだろうからさ。否定できるわけ、ないだろ」


 できる限り、優しい声色を心掛けた。


 小さな振動は、きっと静かに共鳴して、心の中で響いていくはずだ。


 少しの時間、沈黙が続く。


 秋明は、意を決したのか、口を開いた。


「彼女は、その葛藤に耐えきれずに、自害する。王女としての自分、押し殺し続けた気持ち、愛と使命の天秤を、どちらかに傾けることができなかった」


「そうか」


「大きすぎる運命に翻弄される。それでも、何かを成し遂げる。その先に待っていることが、悲劇なのかもしれない。それでも、懸命に何かを為そうとすることに、人としての美を感じるんだ」


「それがお前の描く、物語なんだな。なら、悪いことなんて、何もないと思う」


 貞彦は、秋明のことを肯定した。


 澄香の背中を見てきたから、そうしたわけではない。


 自分が言いたいと思ったから、言ったのだ。


「君はそう言ってくれるけど、僕にはわからなくなってしまったんだ」


「わからなくなったことって、なんなんだ?」


「こんな結末でいいのだろうか、ってことがだよ」


「いいも悪いも、ないんだと思う」


「そうなのかな。彼女に言われて気づいたんだ。僕の描いた物語には、大切なことが抜け落ちていた」


「どんなことなんだ?」


「悲劇に巻き込まれた彼女たちの、個人としての思いを無視してしまっている。こういう話だからという強引な理論で、彼女たちの人生をまるで考えていないんじゃないかって、そう思うんだ」


 秋明は頭をガシガシと掻き始めた。


 安梨の言葉が、秋明の考え方に新たな見解を与えた。


 人と人が関わることで、様々な影響が及ぼされる。


 好ましいことばかりではないけれど、その変化を興味深く思う。


 澄香はしきりに、人と関わることは楽しいと言っていた。


 その意味が、貞彦にもわかるような気がしていた。


「お前が本当に、彼女たちの人生について考えていないのかは、判断ができない。最後に、聞きたいことがあるんだ」


「なに?」


「お前は、一体どうしたいんだ?」


 貞彦が聞くと、秋明は苦し気に口をゆがめた。


「物語を完成させたい。けれど、一人では完成させられる自信がないんだ」


 そう言って、秋明は項垂れた。


 貞彦の言う言葉は、もう決まっていた。


「それなら、俺が手伝うさ。相手の話を聞いて手助けをする。それが相談支援部だからさ」


 貞彦はそう言うと、あとは秋明の返答を待った。


 差し出した手を取るかどうかを、強制はできない。


 判断を、秋明に委ねることにした。


 秋明は悩んでいる様子だったが、気持ちが固まったようで、一冊のノートを取り出した。


「これは?」


「演劇のシナリオが書かれているノートだ。良かったら、読んでくれないか?」


 秋明はまっすぐに貞彦を見据える。


 瞳の色は見えないが、きっと決意が秘められているのだろう。


 貞彦は頷いて、ノートを開く。


 そして、驚愕に目を見開いた。


「どうしたんだい?」


 貞彦の様子を目にして、秋明は不思議そうに尋ねる。


 そして、秋明の視線もノートに落とされる。


 驚愕が重なる。


 ノートには、何も書かれていなかった。

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