第13話 男装女子と女装男子、お好みをどうぞ

『いらっしゃいませー』


 一年D組の教室に入ると、大声で迎えられた。


 貞彦は喫茶店の光景を見て、目を丸くしていた。


 そこには、男女逆転の格好で接客をする生徒たちがいたからだ。


 女子が男子の制服を着用し、男子が女子の制服を着用している。


 一年D組の喫茶店のコンセプトは、男装女装であるようだった。


「貞彦先輩に紫兎先輩。おっす! 矢砂素直っす!」


「さだひこ先輩、しと先輩。男装をしたカナミはどうですかぁ?」


「まあ、これはこれで、ありかもしれないな」


「男女逆転か。おもしろい試みじゃないかな」


 素直とカナミに、席へと案内される。


 素直もカナミも、ぶかぶかの学ランを着ていた。わざと男っぽい仕草をしている素直は、普段のギャップも相まって、アンバランスさが不思議な魅力を生み出してる。


 カナミは男装をしていても、スタンスは普段と変わらないようだった。格好とのギャップで、新たな魅力を生み出しているように思える。


「ご注文は何にしますか?」


「えーと、それじゃあ」


「カップル限定ドリンクで」


 紫兎はからかうような笑みで言った。


「おい!」


「かしこまりました。オーダーカップル限定ドリンクで! 愛をこめて作るっすよ!」


 貞彦は止めようとしたが、無情にもオーダーが通ってしまった。


 貞彦は恨めし気な瞳で、紫兎を睨んだ。


「紫兎。どういうつもりだ?」


「せっかくだから、貞彦の評判を、もうちょっとおもしろくしてやろうと思ってね」


「俺の評判? なんのことだよ」


「三股疑惑」


 貞彦の息が詰まる。


 脂汗が止まらなかった。


「これで私も含めたら四股か。くくっ。貞彦ってほんと、最低のクズだね」


「お前まで変な目で見られるんじゃないか?」


「ある意味では、奇異な目で見られ続けてきたからね。そんなことには慣れっこさ」


「自滅覚悟かよ。そこまでして俺をからかって、楽しいのか?」


「めちゃくちゃ楽しいよ!」


「曇りのない笑顔! その笑顔を、もっと別の形で見たかったよ……」


 紫兎のいじわる根性に、貞彦はお手上げだった。


 いずれにせよ、紫兎には借りがあるのだ。


 この場では、おとなしく従うしかないと、貞彦は諦めていた。


「お待たせ致しました。ご注文いただいた、カップルドリンクです……」


 覇気は薄いが、凛とした声が聞こえてきた。


 ヒラヒラのスカートをまとっているため、男子生徒のようだった。


 ドリンクを運んでいたウェイトレスを、興味本位で眺めた。


 長髪の黒髪は、おそらくカツラだろう。意志の強さが宿った瞳には、かっこよさを感じる。きちんと胸にも詰め物が入っている。


 黙っていれば、クール美女と言っても差し支えない風貌をしていた。


 というか、貞彦にはその男子に見覚えがあった。


「お前、吉沢くんか?」


「ひ、久田先輩……今は、その名で呼ばないでくれ……」


 善晴は、羞恥で顔を真っ赤にしていた。


 女装した美女の正体は、吉沢善晴だった。


 勇ましく相談支援部に乗り込んできた姿は、微塵も感じさせない。


 残念なことに、強気な美女が恥ずかしそうに涙目になっていることで、綺麗さと可愛さの両面を兼ね備えていた。本人にとっては、とても不本意だろうなあと、貞彦は同情した。


「今の私は、しがないウェイトレスのよしこです……」


「それじゃあよしこ、お客様に敬意を払って『ゆっくりなさってくださいねご主人様』って言ってくれないかい?」


 紫兎は悪乗りをし始めた。


 恥ずかしそうにしている相手に、更なる羞恥をお見舞いする。


 こいつは本当に鬼だと、貞彦は思った。


「ここはメイド喫茶じゃないんですけど!」


「お客様は神様じゃないのかい? 君がたった一言を発するだけで、全体のイメージがアップして、お客様の満足度も上がるんだよ」


「ですが……」


「たった一人の判断で、サービスが悪いお店だと思われてもいいのかい? 素直くんが知ったら、悲しむんじゃないかな」


 ここで素直の名前を出してくる、紫兎の卑怯さには恐れ入る。


 善晴は葛藤し始めた。


 自身のプライドと、クラス全体の利益。特に素直のことについてを、天秤にかけだしたらしい。


 善晴は、ふいに笑顔を見せた。


 どうやらプライドの方を投げ捨てたらしい。


「……ゆっくりなさってくださいね……ご主人様……」


「くくっ……くくくく。あ、ありがとう。ここのサービスは最高だよあははははは」


 紫兎は腹を抱えて笑い出した。


 善晴はついに涙をこぼし、逃げるようにバックヤードに戻っていった。


「お前……本当に人生を楽しむようになったな」


 貞彦が呆れつつも言うと、紫兎は涙を拭い、貞彦に向き直った。


 とても憎らしくなる、晴れやかな笑顔。


「人生がむなしいことだとしても、楽しむことを選ぶことはできる。貞彦も、そう思うよね?」






 カップルドリンクは、飲み口の広いグラスに、ストローが二つ刺さっている。


 無理やりハートマークを模したデザインのストロー。これを二人で飲めということらしい。


 紫兎は意気込んでいた割には、ドリンクを飲んでいる間は終始無言だった。


 貞彦はドリンクを飲みながら、うろ覚えで般若心経を唱えていた。


 早く飲み干そうと躍起になっていると、パシャと言う音に意識を引き戻された。


 いつの間にか、隣の席にはカラスと秋明が座っていた。


 カラスはニヤニヤしながら、カメラを構えていた。


 あまりにも簡単な結論。紫兎とドリンクを飲んでいる姿を、写真に撮られたのだ。


「カラス先輩と……秋明だっけか。何してんだよ!」


「なあに、インタビューをしながら、文化祭の思い出を写真に収めているんだ」


「収めて欲しくない思い出もあるんだよ!」


 紫兎も写真に撮られたことに気づき、顔を伏せだした。さすがに写真に撮られたことは、恥ずかしいらしい。


「いやあ、後輩がこんなにも血気盛んだとは思わなかったぜ。四股までしてるとはな」


「それは誤解だから!」


「ふーん。久田くんって、大人しそうな顔して、けっこうやるんだね」


「やれてないわ。言ってて悲しくなるけど」


「なんだか君に興味が湧いてきた。今度久田くんで脚本を作りたくなってきたな」


「やめてくれ」


 貞彦は本気で嫌がった。


 なんとか話題を逸らしたくて、貞彦は無理やり質問をすることにした。


「そういえばインタビューって、何について聞いているんだ?」


「演劇部が賞品として、劇の役を提供したことが話題になっていてな。演劇の脚本についての、意気込みを聞いていたんだよ。それに、他の目的もあるしな」


「そうなのか。他の目的っていうのは?」


「ミスター&ミスコンテスト参加者の、文化祭での活躍を追っているんだよ」


 そう言って、カラスはカナミの写真を撮っていた。


 学ラン姿で、可愛らしく客のことを応援していた。こういったところでも、順調に好感度を稼いでいるらしい。


「なるほどなあ。そこまでするほど、やっぱ注目度が高いイベントなんだな」


「ああ。それに、特別ゲストが来ているから、ここにいれば一石二鳥だしな」


「特別ゲスト?」


 貞彦が聞くと、控室から新たな店員が出てきた。


 出てきたのは、男装した安梨だった。


 髪をまとめて、ポニーテールにしている。キリっとした表情は男装と相性が良く、まごうことなき美少年に見える。


「安梨、何をやっているんだ?」


「ウェイトレスですわ。スナスナさんからお誘いを受けましたの。似合ってます?」


 安梨は自分の姿を見まわしていた。


 少し自信なさげだったので、貞彦はむしろ応援してあげたくなっていた。


「大丈夫だ。バッチリ似合ってるぞ」


 貞彦が言うと、安梨の表情がパッと輝いた。


 一瞬で自信をつけたようだった。


「当然ですわね! 今のわたくしは安梨・アステリスカス・愛子・アタラクシアではございません。美少年ウェイトレス、その名もああああ!」


「あだ名のせいでマヌケだ!」


 貞彦はツッコむが、本人はさして気にしていない様子だった。


 不器用ながらも、安梨が接客に行くと、黄色い声援があがる。


 外人めいた美少年の接客は、主に女性陣には盛況なようであった。


「他のコンテスト参加者は、男性票を取りに行くアプローチをしているようだが、安梨を本当に勝たせたいんだったら、いかに女性の票を勝ち取るかってところも勝負の分かれ目だぜ」


 カラスは得意げに言った。


 どうやら、男装女装喫茶に参加するように仕組んだのは、カラスのようだった。


 暗躍、という言葉が似合う男だと、貞彦は思った。


 カラスの考えに恐れをなしていると、秋明が妙な視線を安梨に向けていることに気が付いた。


「秋明?」


「彼女、とてもいいな」


 秋明の言葉は、まるで独り言のように聞こえた。


「何にだ?」


 貞彦が聞くと、秋明はやっと気づいたようだった。


「ああ、演劇のヒロインのイメージが、彼女にぴったりだったんだ」


「悲劇の物語だっけ?」


「そうだ。高貴な振る舞い。時々見せる子供っぽい表情。裏にありそうな秘した思い。ここまでイメージ通りだと、怖いくらいだ」


「ところで、今年はどうして演劇の主役を賞品にしたんだ?」


 貞彦は気になったことを尋ねた。


 話題性は増すだろうけど、打ち合わせだったり、参加者への指導だったり、めんどうごとも増すように思える。


 秋明は、ためらうように沈黙した。


 その後、ぽつぽつと絞り出すように、答える。


「僕なんかでも、何かを残してみたいって、思ってさ」


 声は小さいのに、込められた思いの強さを感じる。


 思いの正体について、いい感情ばかりではないように貞彦は思う。


 なんとなく、ピースが揃いつつあるように思う。


 何かを残したい、注目されたい。


 そういった気持ちは、貞彦にも理解をすることはできる。


 けれど、それだけではないように思える。


 なんらかの負の感情が、そこに潜んでいるように思えてならなかった。


 その思いの正体について、貞彦は探らなければいけないように感じていた。

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