第12話 波乱含みの文化祭開幕

 安梨を含め、カラスはミスター&ミスコンテスト参加者の写真を撮り終えて、全員分の特集記事を作成した。


 こだわりを持っているらしいカラスらしく、どの記事もとても魅力的なものだった。


 というか、その時になって初めて、黒田が参加していることに気づいた。


 まあイケメンではあるし、部活動においては男らしい姿を見せているから、そこそこいいところまで行くんじゃないかと、貞彦は思った。


 男子の記事八人分。女子の記事七人分を、貞彦は読み終える。


 そこで気づく。


「あれ? コンテストの参加者って、男女八人ずつじゃなかったか?」


「そうですね。うふふふふふ」


 答えたのは澄香だったが、なぜか笑っていた。


「なんで笑ってるんだ?」


「そんなことはありませんよ。ふふ。うふふふふふ」


 真顔を保とうとしていたが、全然保てていない。


 両手で口を隠すも、溢れでてくる笑みは止まらなかった。


「さては澄香先輩、何か知ってるんだな?」


「私は何も知りません。うふふふふふ」


「嘘つけ! 絶対に何かおもしろいことになってるんだな!」


「私には言えません。こんなにおもし、大変なことになっているだなんて」


「おもしろいことになってるんだな!」


 澄香は堪えきれずに、ついには腹を抱えて笑い出した。


 貞彦と素直が、風紀委員の前で馬乗り状態になった時以来の大爆笑だった。


「……すげえ波乱の予感がする」


 貞彦は一人、身を震わせる。


 澄香の爆笑だけが、この場には響いていた。






 そして、文化祭の時がやってきた。


 文化祭の目玉の一つ、ミスター&ミスコンテストは午後に開催される。


 貞彦は運よく、午前中のみのシフトであったため、会場で直接安梨たちを見ることができそうだった。


 その前に、貞彦は一年D組に寄ることにした。


 素直たちのクラスも、貞彦たちと同様喫茶店をしている。


 他のクラスとの差別化のために、少し特殊な趣があるということだが、その内容は教えてくれなかった。


 当日、見てのお楽しみということらしい。


「おーい貞彦」


「なんだ、紫兎か」


 紫兎に呼び止められる。


 紫兎は先ほどまで、いやいやながらウェイトレスをしていた。


 客の前ですらも、不愛想な姿勢を崩さない所は、ある意味では紫兎らしい。


 それでも、一部の客には人気だった。


 媚びないところが逆にいいだの、恥ずかしそうな様子がいいだの、客の方が脳内補完して、楽しんでいるようだった。


「素直ちゃんのところに行くんだろう? 私も一緒に行ってあげる」


「なんで上から目線なんだよ」


「人は皆平等とでも言うつもりかい? それは幻想だけどね。まあ、私は神だけど」


「遥かに上から目線だった!」


「貞彦が鼻の下を伸ばして、女子たちを下賤な瞳で見つめる姿が見てみたくてね。ダメかな?」


「微妙に可愛く言っても、その内容だとダメに決まってんだろ!」


「なんでもする」


 貞彦の体はビクッと震えた。


 体育祭の時、紫兎の力を借りる代わりに、なんでもすると紫兎に言ってしまったことを思いだした。


 素直のこともあり、四の五の言っていられなかったから、仕方がないと思う。


 けれど、今になって激しく後悔をしていた。


「……ついて来てもいいぞ」


「ああーん? よく聞こえなかったんだけどなあ?」


「お前そんなチンピラみたいな声だせたんだな!」


「『一人じゃ怖くてトイレにも行けないので、お願いですからついてきてください紫兎様』って言うべきじゃないかな?」


「目的地はトイレじゃなくて一年D組だろうが!」


「言うのか死ぬのか、どっちを選ぶんだい貞彦」


「お前が神様だったとしたら、俺は絶対に信仰しねえ……」


 そう言いながらも、これ以上めんどくさいことになることはご免だった。


 言うしかないと、貞彦は心に決めた。


 拳を握りしめて、屈辱に耐える。


 プライドなんて、この世で最もいらないものだ。


 貞彦はそう、自分に言い聞かせた。


「一人じゃ怖くてトイレにも行けないので、お願いですからついてきてください紫兎様……」


「くくくくくく」


 紫兎はとても満足そうに笑っていた。


 おかしい。笑顔は人を幸せにするというのに、どうして俺はこんなに不幸なんだろうと、貞彦は思った。


「傑作だよ貞彦。人が自分の自由になるということが、こんなにも気持ちいいことだなんてね」


 紫兎は、心底サディスティックに言い放った。


 今まで抱いていた紫兎の信条と、まるで正反対の内容だった。


「お前のためにまるまる費やした、夏休みを返せ!」


「今までの時間が消えたとしても、問題はないさ。だって、これからも同じ時を過ごすのだから」


「うるせえ! なんかかっこいいことを言うな!」


 もうすでに頭痛がしてきた。


 埒が明かないので、もう紫兎の言うことは無視して、素直のもとに行くことにした。


「ほら、行くぞ」


 貞彦が促すと、紫兎はすんなりとついてきた。


 意外と素直な対応に、貞彦は訝しげだった。


「こら貞彦。なんで立っているんだ?」


「何を言ってるんだお前は」


「女性と歩く時は四つん這いにならなきゃだめじゃないか」


「そんな奴はいねえよ」


「いるよ。ほら」


 紫兎は教室の前あたりを指さした。


 四つん這いになった瑛理に、サヤがまたがっていた。


 また何かしら粗相をやらかしたらしく、サヤがお仕置きをしているようだった。


「ね?」


「もうやだこの学校」

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