第3話 澄香先輩と初デート……はなんでこんなに騒がしい?

 貞彦は、素直とのデートと同様に、三〇分前には待ち合わせ場所に着いていなければと思い、早めに家を出ていた。


 結果、待ち合わせ場所についたのは四〇分前だった。


 しかし以前と違っていたことは、澄香はすでに待ち合わせ場所で待っていた。


 飾り気のない上下でカラーの分かれているシンプルなワンピース。なんとなく澄香のイメージカラーには白だと思っていたのだが、意外なことに上半身は黒く、下半身は白といったモノトーンだった。コンパクトな麦わらのハットもよく似合っている。


 澄香は貞彦に気づいたらしく、胸のあたりで手を振っていた。


 貞彦は、これ以上は待たせないように駆け寄る。


「お待たせ。澄香先輩」


「それほど待ってはいませんよ。まだ待ち合わせ時間ではないですしね」


「それにしても、なんでこんなに早く来たんだ?」


 貞彦が聞くと、澄香は意味ありげに笑みを浮かべる。


「私、人を待つ時間って、案外好きなんですよ」


「どうして?」


「待つ時間だって、相手のために費やした時間だと思います。早く来ないかな――そうやって気持ちを巡らせている時間も、楽しみの一部分だからです」


「そっか。じゃあその、楽しみの一部を奪っちゃったのかな」


「ふふふ。謙虚なところもいいですが、それは少し違いますよ」


 澄香は貞彦の隣に立った。


 触れそうなほど近くはなく、他人と言うには近しい距離。


「貞彦さんが早く来てくれたおかげで、二人でいる時間が増えましたね」


 笑顔が眩しい、という表現がある。


 眩しすぎると、何も見えなくなる。


 それは心に影響を及ぼすから。


 それでも、視線は全然外すことはできない。


 釘付けだ。


 澄香の首元のネックレスは、何故か服の中にしまわれていて、全貌は見えない。


 それだけを意識していた。






 貞彦たちが訪れたのは、近所のアトラクションを数多く備えた遊園地だった。


 あまり遠出はしないので、せっかくだから普段は行かないところに行こうという話になった。


 待ち合わせの駅からバスに乗る。ビルの立ち並ぶ市街地を抜けると、一気に緑が多くなる。


 距離の取られた民家。涼し気な田園風景。通り過ぎる年季の入った旅館。古くからありそうな特別に安い自販機。


 目に入る田舎染みた風景は、なぜか目に優しい。


 澄香はじっと、窓の外を見ている。あまり話はせず、変わりゆく風景に夢中になっているようだ。


 それでも、貞彦には好都合だった。


 思う存分、澄香の楽し気な横顔を眺めることができたからだった。


 目的地に着くと、すでに行列が出来ていたが、開園となったためスムーズに進むことができた。


 まずは定番のジェットコースターに並んだ。


 最高到達点は、観覧車より高い。ぐねぐねとした蛇のような急こう配の繰り返しには、想像するだけで衝撃が訪れる。


「ジェットコースターに乗るなんて、久しぶりです」


「俺だって久しぶりだよ。澄香先輩は怖くないのか?」


「怖くない、わけではないのですが、それよりもワクワクします」


 瞳はキラキラとしている。


 澄香は普段より落ち着きなく、小刻みに揺れている。


 普段の落ち着いた様子とのギャップに、なんだかおかしい気持ちになった。


 順番がやってきて、がっしりと固定される。


 ギシギシとした機械の擦れる音は不安を煽られる。


 ゆっくりと昇っていくコースター本体に、焦らされてさらに恐怖が増していく。


「もうすぐですね」


「ああ」


 正直、貞彦はけっこう怖くなっていた。


 澄香を見ると、楽し気に口元を結んでいた。


 重力から解放される瞬間を、待ち望んでいる様子だった。


 少しだけ貞彦は安心した。


 一歩一歩死刑台が近づいていくイメージが浮かび、最高点で一瞬の静寂。


 落ちる時が訪れる。


「ああああああああああ」


「きゃ――――――――」


 コースターが落下を始めた瞬間、悲鳴が重なった。


 振動で体が振り回され、落ちるたびにベルトに体が食い込む。


 こ、こえええええ。


「うわああああああああ」


「いや――――――――」


 貞彦は本気気味に悲鳴を上げていたが、澄香の悲鳴には楽しさの感情が混じっていた。


 コースターが一周するまで、二人は悲鳴を上げっぱなしだった。






「とっても楽しかったですね」


「……そうだな」


「普段は味わうことのない恐怖の感情も、やはり娯楽となり得る。久しぶりに堪能できましたよ」


「……良かったね」


「貞彦さん。大丈夫ですか? 少々顔色が優れないような」


「……もともと、こんな顔だから大丈夫」


 貞彦は気分が悪くなったが、一時的なものだと考えていた。


 普段は乗らないものだから、きっとびっくりしてしまったのだと思う。


「何か飲み物でも買ってきますね」


 貞彦が止める暇もなく、澄香は駆けだしていった。


「澄香先輩は、ほんと優しいっつーか」


「あれ? 久田先輩?」


「ほんとだ。お久しぶりです」


 呼ばれた方を見ると、太田と大見の二人がいた。


 暑くなってきたというのに、二人はしっかりと指を絡ませて手をつないでいた。


「久しぶり。二人はやっぱり、デートなのか?」


「はい。おかげさまで、仲良くやっています」


「久田先輩の手助けがあったから、大樹くんは前よりも逞しくなったんですよ。この前なんて、校舎裏で……」


「美香子!」


 太田は大見の口を塞いでいた。


 なんだか、前に会った時よりも、二人のやりとりは自然体になっているように感じる。


「なんていうか、前よりも恋人らしくなってるな」


「そうなんですか? 僕にはよくわからないですけど」


「ああ。とてもいいと思う」


「どれもこれも、クロ兄や久田先輩たちが手助けしてくれたからだと思います。本当に、ありがとうございます」


 俺は特に何もしていない。そう言おうかとも思った。


 ただみんなの想いを聞いて、場を設定した。


 貞彦たちがしたことはそのくらいだ。


 大したことなんてしていない。ただ単に、二人ともがお互いを思っていたから、もたらされた結果だ。


 そうは思うけれど、貞彦は言わないことにした。


 議論をしたり真実を伝えたいわけじゃなくて、ただみんなが幸せになるような展開が見たかった。


 そして、今は望んだ通りになっている。


 それだけで、きっと充分なのだろう。


「これからも二人で仲良くやってくれれば、それが一番だよ」


「はい。もちろんです!」


 太田の返事を聞いて、貞彦はなんだか穏やかな気持ちになった。


「ところで、久田先輩は誰とここに来たんですか? 素直ちゃんですか? それとも白須美先輩ですか?」


 絶品スイーツを前にした時のように、大見の瞳は期待に満ちていた。


 なんだかこの子、前よりも大胆になってきたというか、遠慮がなくなってきたような……。


 恋する女子は強いと、貞彦は思った。


 貞彦は、苦笑いを二人に返した。






 ジェットで空に飛ばされたり、グルグル回りながら振り回されたりと、定番と言われる絶叫マシーンを楽しみ、遅めの昼食をとった。


 楽しめるのはアトラクションだけじゃないと澄香が言ったため、ゆっくりと園内を散歩した。


 家族連れでは、子供が先頭を切って走っている。父親は疲労を顔に宿しているけれど、ふんばって幼い子を抱っこしている。母親はその姿を見守る。


 カップルの中には、うつむいてほとんど話さない二人。楽しそうだと気持ちをお互いに話し合っている二人。スマホを弄りながら、ひたすら順番を待っている二人。


 一緒にいた時間、関係性の深さによって、距離感や対応が違うのだと、改めて考えた。


「ただ単にアトラクションを楽しむだけじゃなく、この場だから見ることのできる人間模様を見ることも、楽しいと思いませんか?」


「そうだな。確かに楽し」


「さっだひこせんぱーい!」


 唐突に大声が聞こえたと思ったら、何かが貞彦の背中にしがみついてきた。


「なんだなんだ!? って素直!?」


 素直は貞彦の背中から降りて、敬礼のポーズをとった。


「ハッ。矢砂素直であります! 偶然だね!」


「あらあら。偶然ですね、素直さん」


「いやいや、偶然なわけあるか!」


「いえ、本当に偶然なんですよっ。さだひこ先輩」


 初めて聞く声だった。


 快活さを意識した弾むようなハイトーン。


 振り向くと、ノースリーブのシャツにフリフリのミニスカートの、可愛らしさを全方位にまき散らしているような女子がいた。


 女の子女の子していると言えばいいのか、男子が望む理想を体現したように、貞彦は感じた。


「えっと、君は?」


「そうだった。澄香先輩と貞彦先輩は会うのが初めてだよね」


 素直は謎の女子に手をかざした。


「お友達のミミちゃん。同じ高校の一年生だよ」


「はじめまして。さだひこ先輩、すみか先輩。一年D組の天美あまみカナミって言います。気軽にミミちゃんでいいですよ」


 天美はウィンクしながら少し斜めに顔を向けて横ピースをしていた。


 お前はアイドルか何かなのかと、貞彦はツッコみたくなった。


「これから、なかよくしてくださいねっ」

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