第3話 むかつく奴 かっこいい奴
強引な友達作りから三日経った。
貞彦は太田と何度か連絡を取り合い、大見に関する相談を受けることで、少しずつ仲良くなっていった。
「どんなものをプレゼントした方がいいんでしょうか?」とか「彼女と手をつなぎたいんですけど、いいきっかけはないでしょうか?」とか、内容は初々しいものばかりで、その度に知るかと思いながらむず痒くて体をかきむしっていた。
「それでは、持っている情報を整理いたしましょうか」
「はーい!」
相談支援部の部室には部員の三人が揃っていた。広めの机に三角形になるように座り、中心には澄香専用のノートパソコンが置かれていた。
「情報の整理って、何を話せばいいんだ?」
「情報はあればなんでもと言いたいところですが、順番にいきましょう。まずは大見さんのプロフィールからまとめましょうか」
「それなら任せてよー。オオミンとは二百回くらい連絡を取り合っているからね」
素直は自信満々だった。
二百回くらいって、絶対彼氏よりも連絡を取っているじゃねぇか。というか、オオミンって呼んでいるんだ。
「頼もしいですね素直さん。それと、念のための確認ですが、個人情報に当たるため、名前についてはイニシャルで書きます。また、必要がなくなった時点で破棄します。良いですね?」
貞彦と素直は同意した。
素直が知っている情報を話し、澄香が打ち込んでいく。
O・M。身長158cm。体重は非公開。両親は健在で、母親は専業主婦。経済的に困窮している様子はない。一人っ子。出生は地元で、引っ越しの経験はなし。地元の小・中学校に通い、幼少時から大人しい子という評価を受けてきた。現在は手芸部に所属している。趣味は動物に関する写真や本を見ること。将来の夢は特になし。
「改めて文字に起こしてみると、なんていうか」
貞彦は言おうとした言葉を引っ込めた。
「どう思ったのか、言っても良いですよ」
澄香に促され、躊躇いつつも貞彦は思ったことを述べた。
「地味な感じというか、あまり特徴を感じないな」
「貞彦先輩感じわるーい」
素直はジト目で貞彦を非難した。
「ふふ。プロフィールなんて、そんなものですよ。地味というよりも、彼女なりに堅実な人生を歩んでいるんでしょうね」
あらかたのプロフィールを書き終えて、次は生活歴をわかる範囲で文字に起こしていった。
現住所に一人っ子として生まれる。幼い頃から引っ込み思案気味で、友達は少数であった。外で遊ぶよりも家にいることが多い。小学生の時、集団登校で同じ班となった黒田と出会う。あまり外には出たがらなかったが、アウトドア派の黒田が外に連れ出すことが多く、少しずつ外にも出ていくようになった。年上で活力のある黒田と一緒にいることで、からかいの対象となったこともあった。
「ちょっと待ってくれ」
貞彦が止めると、澄香はパソコンの画面から顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「いや、俺はてっきり黒田の身勝手な感じから、奴の方が一方的に大見に目をつけていたと思っていたんだけど……」
貞彦の言葉は詰まった。言いたいことをうまく表現しようとして、適切な言葉が見つからなかった。
「思ったことを、そのまま言えば良いんですよ。その方が印象などが率直に伝わりますから」
澄香は優し気に微笑んだ。
「……なんというか、大見も黒田のことをある程度信頼しているように思う」
「それは間違ってないと思うよ」
素直が口をはさんだ。
「オオミンの方も黒田先輩のことはクロにぃって呼んでるみたいだし、よく後ろを引っ付いてたって自分でも言ってたし」
貞彦の印象を裏付けるような内容に、少し複雑な気分になった。
「よくわかんねえな。黒田の奴もちょっと傲慢そうだし、なんか自信満々って感じで、鼻もちならないのにさ」
「貞彦さんは、相変わらず心が狭くて、とても面白いですね」
皮肉ではなく、心底愉快そうに澄香は笑い始めた。つられたように素直にも笑われ、貞彦はますますムっとした。
「ねえ貞彦さん。女の子が、特定の男の子のそばにいることって、どういうことだと思います?」
「わからん」
貞彦は即答した。
考えた結果というよりは、考えなかった結果という感じだ。
「ねえ素直さん。どういうことだと思います?」
「少なくとも嫌いな人のそばにはいないよねー」
澄香は一度、頷いた。
「私も、同じ意見ですよ」
情報の整理は続いた。
話を聞く限り、黒田と大見の関係性に変化はなく、そこそこの交流を保ったまま成長を続けていたようだった。
中学校に入り、太田と大見はそこで出会ったようだった。三年間クラスは同じで、それ以外に接点があったわけではないものの、順調に仲を深めていった様子だった。
交際に発展したのは、中学を卒業してから高校に進学するまでの、春休みのタイミングだったことがわかった。
澄香はノートパソコンを閉じると、「ここで休憩いたしましょう」とパックの紅茶を三人分振る舞った。
貞彦は未だ、胸にもやもやとしたものを抱えていた。
最初に抱いた黒田の印象と、情報を整理した後の黒田の印象が少し変わっていて、変化をうまく受け入れられないでいた。
「えいっ」
「あたっ」
澄香に額をつつかれて、貞彦は声をあげた。
「何するんだよ」
「いえ、あまり面白くなさそうな顔をしていたものですから」
「もとから面白くない顔だからな」
「貞彦先輩の顔は面白いよ。わたしが保証する」
「いらねえよそんな保証!」
貞彦が怒鳴ると、二人はくすくすと笑いだした。
これだから女子は苦手だ。
「さて、部活動終了までまだ時間があることですし、せっかくですから見に行ってみませんか?」
「何を?」
コップを片付けながら貞彦は聞いた。
「黒田さんの様子を、ですよ」
「そんなもんを見て何になるんだ?」
「確かサッカー部でしたね。部活動に励んでいる黒田さんの姿が見られますよ」
「何を当たり前のことを」
それがどうしたと言わんばかりの貞彦に、澄香はなおも笑って見せた。
「私たちはまだ、ここに相談に来た黒田さんしか知りません。しかしそれは、彼の一部分だけです」
「そりゃそうだろうな」
「私と貞彦さん、私と素直さん、そして貞彦さんと素直さん。全てが違う関係ですし、関係する相手によって、きっと態度や話す内容は違ってきますよね」
「あ、ああ」
澄香の言いたいことを、貞彦はまだ呑み込めていなかった。
「貞彦さんだって、教室にいる時はクラスの一員です。家にいる時は、家族の一員です。ここにいる時は、相談支援部の仲間です。全ての貞彦さんは同じ人でありながら、同じ行動や思考を辿っていますか?」
貞彦は考える。
教室での自分。浮いているわけではないが、積極的に話したりはしないだろう。早いとこ授業が終わって欲しいとか消極的なことを考えているだろう。何人か話す奴と、特に中身のない話で時間をつぶしている気がする。
家ではどうだろう、妹にとっては兄として甘えられたり小言を言われる。父親とはうまく話せないけれど、尊敬している部分がないわけではない。幼い頃からお世話になった祖母の前では、頭が上がらない。
そして、ここでは。
「俺は俺だけども、きっとちょっとずつ、違っていると思う」
「周りによって、何らかの役割を担っていたり、見せる顔は違うものだと思います。心理学用語ではペルソナと言ったりしますね。仮面という意味です」
「仮面、か」
貞彦はまだ、黒田のことをほんの一部分しか知らない。
大見美香子のことも、太田大樹のことも、全然知らない。
今の関係で見えてくるのは、対外的な仮面のみであった。
「貞彦さんには貞彦さんの、素直さんには素直さんの。そしてもちろん私にも、みんな違った世界があります。世界というよりは、捉え方といった方が正確かもしれません」
「俺が見ているものと、素直が見ているものと、澄香先輩が見ているものは違うってことか?」
「もっといい表現があるかもしれませんね。見ているものは同じかもしれませんが、解釈の仕方が違う、ということだと思います」
貞彦は考えた。
世界の解釈の仕方が違う。
見えているものを、どのように捉えているかが違う。それはきっと、人から争いがなくならないことの原因の一つなんだろう。
気落ちした貞彦の様子など気にせず、澄香は言った。
「だからこそ、誰かと一緒にいることは、とても楽しいんですよ。貞彦さんの世界も、素直さんの世界も、私はとても興味があります」
澄香は、貞彦と素直の手をとった。
「それでは行きましょうか。黒田さんを改めて見たことで、二人の捉え方がどう変わったのか、教えてくださいね」
グラウンドの南側のベンチで、三人はサッカー部の練習の様子を眺めた。
練習も佳境に入ったのか、二つのチームに分かれて模擬試合を行っていた。
サッカーに詳しい者は誰もいなかったため、黒田がどのようなポジションにいるのかはわからなかった。
唯一わかったことは、黒田はエースとしてプレイしている様子だった。
「サイドから来てるぞ。反対側にも気を配れ」
「俺が行く。万が一抜かれたらフォローを頼むな」
「よっしゃあ! ナイスアシスト!」
黒田は縦横無尽に駆け回り、先輩後輩かかわらず指示を出し続けていた。
ボールの動きからは常に目を離さずに、危険な場面でも自ら切り込んでいった。
すごいところはプレイの内容のみならず、ミスをしてしまったチームメイトに「ドンマイ。次行こう次」と前向きな言葉をかけたり、ゴールを決めたプレイヤーに祝福をしながら抱き着いたり、人を
「黒田先輩けっこうすごいことしてるね」
「傲慢で不遜。けれども、裏を返せばリーダーシップがあり男らしい。良いところも悪いところも、表裏一体なのかもしれませんね」
貞彦は、特に何か言おうとはしなかった。
それでも、黒田のプレイを見るたび、チームメイトに対する気遣いを見るたび、去来する思いがあった。
悔しいし、あまり認めたくない。
けれども、一生懸命サッカーに取り組んでいる黒田の奴が、とてもかっこよく見えた。
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