第240話 誕生⑩
「な、何だああぁッ!?」
あまりにも、あっという間だった。
ローラの姿は、一瞬にして黄金の中に溶け込んだ。彼女が死んだとか、どこに行ったのだとかは、ハーミスの思考には微塵も残っていなかった。もしかすると、この程度で聖女が死ぬはずがないと、奇妙な確信があったのかもしれない。
現在、何よりも問題視しなければならないのは、下から迫りくるエネルギーの柱だ。ただ部屋を呑み込むだけでなく、次第に柱の幅は大きくなり、床も壁も、ステンドグラスも何もかもを破壊し尽くす。
(これが、黄金炉と星宝石のエネルギー……とんでもねえ力だ、ここにいたら塔どころか周りも吹っ飛んで、俺もエネルギーに中てられちまう!)
まるで噴火のように放出されるエネルギーの潮流に、このまま賢者の間にいると巻き込まれる。そうなれば、いくら自分でも助からないと分かっている。
(呑み込まれたローラがどこに行ったのかは気になるが、それは後だ!)
目と鼻の先までやってくる光流に触れないよう、結界が剥がれ、崩れ出す賢者の間の端まで走り出し、ハーミスは『探知器』に向かって指示を下す。
「『探知器』、座標指定! 対象、エル、急げよ……!」
ハーミスの命令に従い、二基の『探知器』は中央の目をぐるぐると動かす。こうして魔力や生命力を探し出し、瞬間移動する目的地である座標を固定するのだ。
逃げるハーミスを追うように、光の柱は太くなる。聖女の塔の全てを呑み込むかと思ったのと同時に、探知器が小さな音を立てて、遠くにエルの魔力を見つけたと彼に教えた。
それと共に、ハーミスの体は宙に投げ出された。エネルギー波の衝撃を受けたのではなく、光に喰われない為に、自ら塔の外に身を投げ出したのだ。
重力に背を引かれる感覚に襲われるハーミスの視界に映るのは、崩壊した塔と、とんでもない速さで回転する『門』、そこから雲を裂いて天に届く光の柱。そして、空にぶつかり、大地に降り注ぐ七色のオーロラ。
美しく、荘厳で、悍ましい景色にぞっとしながらも、ハーミスは叫んだ。
「――よし、
刹那、ハーミスの視界から塔は消えた――全ての風景が消滅した。
正確に言えば、彼が塔の周辺から消え去ったのだ。レギンリオル中央部から、西武グルーリーンまでの超長距離瞬間移動。
ハーミスは、そんな滅茶苦茶を、いとも容易くやってのけた。
「よっと、無事着地!」
すとん、とハーミスが着地したのは、破壊された聖宮殿の庭、エルの目の前だった。
「「ハーミス!?」」
『明星』も、『ゼウス』も、辺りにいた全員が、いきなり現れたハーミスに驚いた。
彼の正面にいるエルも、直ぐ近くで治療を受けていたクレアとルビーも、彼の名を呼びながら駆け寄ってきた。三人とも包帯塗れで、擦り傷と切り傷も目立つが元気そうだ。
「どこに行ってたの? そのふわふわしてるの、なに?」
「あたし達、聖宮殿の一番上の階まで行ったけど、どこにも賢者もあんたもいなかったから、心配してたのよ!?」
ずい、と顔を寄せてくる二人の問いは当然だ。聖宮殿で戦っていると思っていたハーミスが、賢者の間諸共、宮殿からいなくなっているのだから、勿論驚くだろう。
何も説明する間もなかったとはいえ、これは謝っておかねば。
「おまけに妙な光まで降り注いで……ハーミス、貴方が関係しているのですか?」
「悪りいな、ちょっと野暮用で賢者をぶっ殺してきたんだ……って、変な光だと?」
そう思ったハーミスだが、目を細めた。
「そうよ、今さっき、ずっと東の方からオーロラみたいな光がここまで届いて……てっきり敵の攻撃だと思って、瓦礫に身を隠したんだけど、逃げ遅れた奴の体にも変化はないみたいだし。ハーミス、何か知ってる?」
クレアの話を聞いた彼は、空を仰いだ。
聖女の塔から離れる瞬間に見たオーロラは、ここでは見えない。しかし、もしあのオーロラが聖伐隊の本部だけでなく、このグルーリーンまで届いていたのだとすれば。
ならば、あの光が齎す力は、周辺でも如何なく発揮されているはずだ。
「……まさか」
仲間との再会を喜ぶ間もなく、ハーミスは駆け出した。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ、ハーミス!」
後ろから聞こえてくるクレアの声も構わず、ハーミスは聖伐隊の隊員の死体が山積みとなった、反対側の庭へとやって来る。そこではギャングが死体の処理をしていて、率先して作業を行うリヴィオが彼に気付くと、大きく手を振ってきた。
「おーう、ハーミスか! わしら『ゼウス』も、なかなかやるもんじゃろう!」
「そりゃすげえが、今はそれどころじゃねえんだ! 生きてる人間はいるか!?」
「生きてる人間? 敵は全滅したぞ、ハーミス。ここにいる人間はクレアだけだ」
リヴィオの隣のニコが、何を言っているんだという調子で答える。あまりに焦った様子のハーミスを見て、向こうからやって来るモルディ達も首を傾げる。
「だったら、通りで祈りを捧げてる奴らは……!」
なのに、彼は気にも留めず、生きている人間がどうなっているかを確かめるべく、とうとう庭の外へと走り去ってしまった。
「どうしたんですか、ハーミスさん! 待ってください!」
モルディ達の声が追ってくる。どうやら彼女達は、外の様子を見ていないらしい。
だからこそ、ここまで平然としていられるのだ。
(ローラの計画通りなら、あの光が、オーロラが人間を何かに変化させるはずだ! 死んでる人間に何の変化も起きてないのなら、生身の人間なら――)
今起きている事態を知れば、きっとこう悠長にはしていられないはず。そんな考えを巡らせながら、ハーミスは門を抜け、奔り、最も近い大通りへと駆け付けた。
そして、目をこれでもかと大きく見開いた。
「――何だよ、これ」
通りに広がる光景は、正しく地獄であった。
「お、せいじょ、ざば、がんじゃああああ……がんじゃあ……」
「ぎいいいぃぃ……おおおぼおおぉぉ……」
祈りを捧げている人間は、須らく虚ろな瞳から血を流し、割れた頭を空に向け、聖女への感謝の言葉を放ち続けていた。黒く染まりゆく体を、ふらふらと揺らしながら。
「……まさか、光を浴びた人間の影響か……!?」
どこまでも続く狂信者の成れの果て、その行列は、別世界のようでもあった。
いつもの街並みに広がる異様な空間に呆気に取られていたハーミスに、ようやくモルディとカナディ、『明星』の一部メンバーが追い付いた。彼女達もまた、自分達が警戒して通ってこなかった道がこうなっているとは知らず、息を呑んだ。
「ハーミスさん、一対何を焦って……何ですか、これは……!?」
「さっき、空にオーロラが浮かび上がっただろ。あの光を浴びた人間はああなっちまうみたいだ。クレアは咄嗟に隠れたっつってたから無事なんだろうが……」
生きている人間だけが光を浴びるとこうなるのだと、ハーミスが説明していると、狂った祈りの声の近くから、まともな人間の男性の声が聞こえてきた。
「な、なんだ、何が起きてるんだ!? 皆、どうしちまったんだ!?」
ハーミスを宮殿まで案内した憲兵だ。変わり果てた町の住人に困惑しつつも、揺れるだけの彼らに、必死に声をかけている。
「ありゃあ、憲兵のおっさんか。偶然検問所の影に隠れてて、無事だったのか」
「おい、どうしたんだ、なあ! 返事くらいしろよ――」
変貌した住人の肩を揺する憲兵に、彼らのうちの一人が、ようやく反応した。
「――あびょッ」
耳元まで避けた口を開き、尖った舌と歯を突き出し。
憲兵の顔の右半分を噛み千切るという、最悪の形で。
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