第232話 誕生②
「……ローラが聖女に選ばれてからは早かったよ。魔物と亜人を滅ぼす計画を立てて、共生主義のジュエイル村とドラゴンを皮切りに、レギンリオルの政治に介入した。そして、軍事力と権力を得たの」
サンの過去語りと共に、ハーミスの記憶脳裏に蘇ってくる。
幼いルビーを庇い、ローラの魔法に焼き尽くされた。死を偽装する為、谷底に蹴落とされた。あれら全てが計画の一環であったなら、まだハーミスは自分の死に意味を見いだせた。殺すしかなかったのだと、言われたのならば。
「ジュエイル村……そこでドラゴンを殺したのは、実力を見せつける為か?」
「そうだね。ハーミスが巻き込まれたのは、本当にただの偶然。だから、その程度でここまで食いついてくるなんて、皆想像してなかったと思うよ」
そんなはずはないと知っていた。
ハーミスは、自分が今、話を最後まで聞かずにサンを血祭りにあげていないのを、心から褒めてやりたかった。自分の無為な死を侮辱され、心は昂っていたが。
猛禽類の如く瞳を滾らせるハーミスなど構わず、サンは計画を話し続ける。
「あの後、ジュエイル村を出てから直ぐにレギンリオルに行って……『聖女ローラ』の言葉を信じてくれる人は多かったよ。それに、ティアンナに洗脳させれば、レギンリオルの掌握は簡単だった。人間よりもずっと強い力を持つ彼らを狩る名義ができてからは、計画の進行はもっと早くなった……ハーミスが邪魔するまでは、ね」
「やっぱり、ティアンナがレギンリオルの上層部を洗脳してやがったんだな。それで、アルミリア達穏健派を処刑したってわけだ」
サンが頷いた。やはり、アルミリア達の死の背景には、聖伐隊がいたのだ。
「それから聖伐隊を結成して、亜人や魔物を狩って、カルロに作らせた黄金炉のエネルギー源にする。彼が作った『門』と、この世界で最も魔力的なエネルギー源として効率的な星宝石を使って、門を開く――向こうの世界の光で国の空を包む。それが、私達の計画」
「そうなると、どうなる?」
「光を浴びた人間は、『進化』するの。外神はね、この世界に顔を覗かせるだけで世界を変える力があるの。人間のように弱くて愚かな生き物は、彼らに見られるだけで、『門』を開いて彼らとの世界を繋げるだけで、彼らの従僕へと変身させられるんだ」
聞いているだけで、胸糞が悪くなる話だ。
同時に、ハーミスは外神とやらが、想定を遥かに上回って強い力を持っているのだと知った。進化と呼んでいいか怪しいほどの変貌を生み出す外神の能力は果たして不明だが、少なくとも人間を破滅させるには十分そうだ。
どんな形へと生まれ変わるのか、正直なところ、想像もしたくない。
「この塔の真下には、もう魔物と亜人の死骸から抽出されたエネルギーと、国内中方々の鉱山から採掘した星のエネルギーの二つが充填されてるんだ。あと少しで塔の真上にある『輪』を起動させられる……そうなったら、この世界は人間でも亜人でもなくて、外神と自分達が支配する世界になるの」
「魔物を狩るのは、聖伐隊の大義名分と、黄金炉の為だけか?」
「他の理由もあるよ。外神が支配する世界には、権力に対して従順じゃない、粗暴な怪物はいらないって、ローラは判断したの……ああ、もう一つ、魔物達は含まれないの。人間と違って、光を浴びても進化できないんだって」
すう、と軽く息を吸って、サンはこれまでないくらいの満面の笑顔を見せた。
「世界そのものを変貌させる、これが外神の望み。ローラはね、それを聞いて、とっても楽しそうだって言ったの。この世の全てが滅びるなんて、すごく素敵なことだって!」
これが――ローラの望みを叶え、その隣にいることこそが、サンの目的だった。
世界の崩壊がローラの望みであれば、どこまででも寄り添う。終焉の果てを見据えるのが望みであれば、永遠に願いを叶えるべく共にいる。
愛情と呼ぶことすら烏滸がましい、狂気の関係性。素晴らしい高尚な愛情だとハーミスが言うはずもなく、ただただどこまでも面倒な自己満足に世界を付き合わせていると思うと、ジョークだとしてもハーミスには笑えなかった。
「お前とローラ、二人も一緒に滅びるだろ。それもお望みだってんなら、二人で勝手にやってろよ。よそ様を巻き込んで破滅なんて、はた迷惑だぜ」
自分もローラも死ぬだろうに、随分と呑気な調子だと、ハーミスは思っていた。仮に生き延びるとしても、きっとローラの方で、サンは死ぬだろうと。
ところが、サンにとってはあり得ないようで、まるでお前は何も分かっていないと言うかのように、ハーミスの言葉をクスクス笑いで返した。
「……私も最初は、そう思ってた。一緒に死ぬんだって。けど、ローラは自分を信じてくれた私と一緒に、世界の終わりを見てくれるって言ってくれたの!」
まさか、とハーミスは驚いた。
ローラの人間性の全てを知ったつもりではないが、サンくらい使いやすい相手なら、棄ててもおかしくないだろうと考えていたのだが。
彼の思考など浅はかだと言わんばかりに、サンは隊服をずらし、首元を見せつけた。
「これが、その証――ローラと私だけの、愛の証だよ」
そこまで言われて、ハーミスはようやく気付いた。
嬉々として見せつけた彼女の肌は、肌色ではなかった。
人間の影と見紛うほどの漆黒。暗黒とでも呼ぶべきだろうか。サンの首から下は、そんな色のインナーを着ているかの如く、黒く染まり尽くしていた。
しかも、その黒色は時折、スライムが肌を這うように蠢いているのだ。これでは変色したというより、肌の上から黒い粘着質の物体を貼り付けたと言った方が正しいかもしれない。うぞうぞとのたうつそれを見て、流石のハーミスも、額を汗が伝うのを感じた。
サンは人間ではないと、薄々感じ取っていた。進化、退化はともかく、何か別の存在となっていたのをハーミスの瞳は捉えていたが、ここまでまざまざと見せつけられると、異質への悪寒を拭いきれなかった。
「外神の力を得ると、こうなるんだって。この世界でこの証を手に入れたのは、私とローラだけ。分かる? 二人だけの証が、どういう意味か?」
「……エンゲージリングのつもりかよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいな。ローラがくれた力の結果だから、うん、間違ってないね。私の体そのものが、彼女と愛し合い、結ばれた証拠なんだよ」
己を撫で回すサンの姿は、かつての面影など微塵も感じさせないほど気味が悪い。
確かに復讐には来たが、こんな吐き気を催す惚気話を聞かされていると、ハーミスと言えどもげんなりとする。計画は聞けたし、もう待ってやる理由はない。
「はぁ、俺を呼んだのは、ゲロみてえに臭せえ話を聞かせる為だけか?」
愛情に満ちた話を吐瀉物だと言われたからか、サンは怪訝な表情を見せる。
「違うよ? ローラはこうも言ってたの、ハーミスは邪魔だって、いなくなったらとっても幸せだって……だから、ここで私がハーミスを殺して、ローラの下に連れて行く」
隊服を整え、彼女は水底のような暗い瞳で、ハーミスを見つめる。
「ローラは塔の下の太陽炉で、外神の計画が達成する瞬間を待ってるの。そこに私が、ハーミスの死体を持っていったら、きっともっと喜んでくれる。私にもっともっと愛情を注いでくれたら、私ももっと彼女が好きになる。だからここに呼んだんだよ、他の誰にじゃなく、私がハーミスを殺す為に」
サンの真の目的を聞いたハーミスの頭に浮かぶのは、姉の潰れた顔。
「……リオノーレの奴も、それだけ思ってくれりゃあ幸せだったろうな」
リオノーレの妹は、けらけらと笑いながら、首を横に振った。
「お姉ちゃんに? 無理だよ、あんな自分のことしか考えてない人なんて、とてもじゃないけど誰にも愛されないよ。ずっと復讐ばっかり考えて、傲慢で……ローラの傍に居るのも、私は嫌だったもん」
自分の姉をとことんこき下ろすサンだが、ハーミスは鼻で笑った。
「――お前とどこが違うんだよ」
今度こそ、サンの表情から完全に、笑顔と余裕が吹き飛んだ。
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