第191話 切断
一つほど下の階層を走り、広間を駆け抜けていくも、仲間の姿は見えなかった。
「クレアー、どこだーっ!」
通路を何度も抜け、時折聖伐隊の隊員を倒しながら走るハーミスの胸中に、焦りが過る。遠くに行っているだけなら良いのだが、もしもそうでなければと思ってしまう。
ゾンビ達とも全くすれ違わないのも、ハーミスが不安を隠し切れない一因だ。
「ルビー、エル! アルミリア、どこに行ったんだーっ!」
返事はない。いくら広いとはいえ、ここまで何の反応もないものだろうか。特にルビーはドラゴンで、五感が優れているのだから、返事の一つくらいあっても良いはずなのだ。
「『あの場所』ってとこに着いてりゃいいんだが、ユーゴーがあいつらを追いかけて行ったのは確実なんだよ……あいつからはどうも嫌な予感が……」
できればアルミリアや他のゾンビと一緒に隠れていて欲しいとハーミスが願った時。
「――ハーミス、こっちよーっ!」
遠くから、クレアの声が聞こえてきた。
少し掠れたような調子だが、間違いなくクレアの喧しい声だ。だが、今ばかりはその五月蠅さがありがたい。遠く離れていても場所がだいたい分かるし、逼迫した状況に立たされているとも分かるからだ。
「……クレア!」
拳銃に弾を込めながら、ハーミスはだっと疾走した。
クレアがいるのならば、恐らくほかの仲間がいる。なのに誰も声を上げないということは、相当追い詰められているのだ。ユーゴーか、アルミリアを守ってか。
いずれにしても、足を動かす力は強まる。顔は一層険しくなる。仲間を脅かす敵を倒すべく、灯りに照らされた通路を抜け、小さな広間を駆け抜けてゆく。その間にも、クレアの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。
「早く来て、ハーミス! あいつから逃げてきたの、早くこっちに来て!」
「分かってる、今行く!」
声が聞こえてきているのは、今は知っている通路を抜けた先だ。
敵の姿は見えないが、為すべきことは分かっている。飛び出すのと同時に敵を捉え、発砲する。そして仲間を回収して、ここは一旦撤退するのだ。
賭けのような動きだが、そうする他ない。仲間の命には、何としても代えられない。
あと三歩、二歩、一歩で、ハーミスは通路を抜けて、棺の並んだ大きな広間に出て。
「クレア、来たぞ――」
拳銃を持った右手を突き出し、いつでも撃てるようにした。
だが、不意に右手の感覚が消えた。当然だ。
「――来てくれてありがとう、ハーミス」
彼の真横――通路の隣に立っていたユーゴー。声色のみがクレアの、ユーゴー。
その右手が変形した銀色の刃によって、彼の前腕が斬り離されてしまったのだから。
どうしてユーゴーが。何故彼女の声を。
全ての答えが脳に浮かび上がるよりも先に、信じられないほどの激痛がハーミスに走り、右腕は拳銃諸共床にぼとりと落ちた。
「ッああああああああぁあぁぁああッ!?」
噴き出す血が、ハーミスのシャツと肌を染め上げる。落ちた右腕が痙攣し、血の湖に沈んでいこうとしたが、その腕をユーゴーが踏み、拾い上げて笑った。
「駄目じゃねえか、ハーミス? 俺様と仲間の声の区別もつかないようじゃあよお……まあ、俺様のスキル
銀色の刃は液体の金属になってから、人間の腕の形を取り戻す。ユーゴーの体の金属は、自身の肉体を自在に変形させてこのようなものまでも作れるようになっているのだが、ハーミスは今、自分の体の欠損で頭がいっぱいだ。
「ぐ、うぐうう、ぐああぁ!」
膝をついて苦しみ、右の二の腕を掴むハーミスだが、ユーゴーに髪を掴まれ、目を合わせられる。青い瞳に、人を象った邪悪の化身が、頬まで裂けた笑みを見せつける。
「おいおいおいおい、俺様の新しい姿をちゃんと見ろよ! 無敵の鋼の体とコピー能力を手に入れたんだぜ。仲間の声だってほら……大丈夫ぅ、ハーミスぅ、なんてなァ!」
わざわざクレアの声で挑発するユーゴー。彼は身体的特徴として、ドラゴンの肉体だけでなく、声帯の模写すら可能だったのだ。
完全に人間を超越した能力を手に入れたユーゴーは、どうやらまだ自分に関心を持たないハーミスに苛立ったようで、彼を壁に突き飛ばした。流れる血に汚れ、呻くハーミスだが、ユーゴーがわざとらしい大声で言った言葉に、思わず顔を上げる。
「それともなんだ、向こうで捕まってるお仲間ちゃんの方が気になるってかぁ!?」
彼が親指をさした方向には、聖伐隊の隊員によって囲まれ、籠のようなものに押し込まれていく仲間達の姿があった。
車輪付きの大きな籠にルビーが詰められ、連れられてゆく。エルも、アルミリアも、クレアも拉致されていく。全員が気絶しているようで、ぐったりと項垂れ、抵抗しない。
「クレア、皆……ぐおごッ!?」
彼女達を見て前のめりになったハーミスを、ユーゴーが右足で蹴り、呻かせる。
「おっと、動くんじゃねえよ。俺様がわざわざ、右腕を斬り落とした理由が分からねえほど間抜けじゃねえだろ? 目当てはこれだよ、お前が使ってるこのアイテムだ」
そうして彼は、拾い上げた右腕をぐっと握り潰した。
右腕の肉がずるりと落ち、ユーゴーが掴んでいた
「使い方は分からねえが、調べりゃ済む話だ。ああ、あとてめぇがアイテムを取り出してるポーチ、あれも貰ってくぜ」
だが、それだけでは彼は物足りないらしい。ハーミスに歩み寄ったユーゴーは、彼が抵抗できないようにもう一発蹴りを入れてから、彼のポーチを引き千切った。
『注文器』もない。ポーチもない。彼にはもう、
「……かえ、せ、てめぇ……ぐぅ!」
力を奪われたハーミスが手を伸ばすが、手はあっさりと払われた。ハーミスにはもう、彼を見下すユーゴーに触れる力も残ってなかった。
「黙ってろよ。さて、これで『通販』スキルとやらに必要なもんは全部失ったってわけだ。てめぇは晴れて、あの時と同じ無力に成り下がったってわけだな」
聖伐隊が、クレア達を連れて行く。ぼやけすらする視界の中で、ユーゴーは嗤う。
「安心しろよ、俺様はてめぇを殺さねえ。ただ生き永らえてほしいんだよ……もう一度無力になったことを、聖伐隊と『選ばれし者達』に逆らったことを、仲間を失ったことを! 死ぬ間際までずっと、ずっと後悔しながら生き続けてほしいんだよ!」
顔を近づける彼の目は、かっと見開き、息も絶え絶えなハーミスに映る。
「てめぇの仲間達だがな、三日後に処刑してやる。レギンリオル北部のモンテ要塞だ、俺様がローラに与えられた要塞だよ。そこの大広場で、国民達の前で斬首処刑にしてやるのさ。正義の化身である聖伐隊の幹部、このユーゴー様がな」
この男にとっての生きがいは、ハーミスへの復讐となっていた。
彼が苦しみながら後悔し、後ろめたい感情に晒されながら生きていくのが、一つ目の復讐。もう一つは、仲間達にハーミスを信用したこと、仲間になったことそのものを後悔させる。衆人環視の罵倒と罵詈の下、死んでもらうのが、復讐の完成形だ。
「仲間の死にざまを見たいなら来いよ、俺様は大歓迎だぜ……お前ら、撤収するぞ」
「「はっ!」」
ふらふらと手を伸ばそうとするハーミスに、ユーゴーは背を向ける。
もうその手が届かないと知っているからこそ、彼は心の底から大笑いする。
「じゃあな、ハーミス! せいぜい長生きしろよ、ぎゃーははははっ!」
再びただの無能になったハーミス・タナーに振り向きもせず、彼と、彼が率いる聖伐隊と、仲間達の姿は闇に消えていった。
待て、とすら言えないまま、『通販』を失った男は、床に倒れ伏した。
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