第181話 障壁


 焼き尽くされた。まさかの被害を前に、クレアも手を降ろし、椅子に座った。


「もう一人が志願しましたが、同じく何もないところで焼き尽くされ……二度目は別の場所でしたが、やはり同じ現象が起きました。そこでお嬢様がお止めになったのです。恐らくこの地下墓地のどこを出ようと、同じ現象が起きると」


 二度の挑戦の末、彼らは一旦諦めた。聖伐隊の目に触れないように、土壁を至急作り直した時には何ともならなかったのが、何とも不思議だった。

 外から見ればただの崩落が起きた程度の地面にしか思えない壁が、ゾンビの最大の敵となっているのだ。透明で、外の光が見えていたのが、一層憎々しいとも、どのゾンビも思っていたに違いない。


「見えぬ壁を壊す手立てじゃが、武器や木材を投げてみても通り過ぎるのに、生き物となるとそうはいかぬようじゃ……全く手立てがないのじゃ!」


 がっくりと肩を落とすアルミリアもそうだ。外に出られないのを悔しがった。しかし、このポジティブな令嬢のことだ、それだけでは終わらなかった。


「―じゃが、わらわは、カタコンベ支部は諦めぬ! いずれここを出て、レギンリオルに蔓延る聖伐隊を滅してみせようぞ!」


 彼女がばっと飛び上がり、大きく拳を掲げると、部屋の中と外のゾンビが応じた。

 オットーも、お嬢様の活発な姿を喜んでいるようだった。最早慣れた様子のハーミス達だったが、魔法に精通したエルは特に呆れているようだった。


「……精神論も結構ですが、これでは脱出に何十年もかかりそうですね」


 怏々と騒ぐゾンビ達に囲まれながらも、四人は会議を始めることにした。


「エル、どうだ? 俺は魔法か何かの類だと思うんだが」


「私も同じ意見です。恐らくですが、魔法障壁……魔法師が張る防御壁を特殊に調整したものを、墓の境目に張り巡らせているのでしょう。地上から地下への移動は許しますが、逆を許さない、ドラゴンですら突破できない強力な障壁を」


「そんな器用なことができるの、魔法って?」


「理論上は可能です。ただし、維持し続けるには魔法師がその場に居続ける必要があります。おまけに魔物を焦がす点から、聖なる力を織り交ぜてもいますし、どう考えても複数人……それも相当な実力者の力が必要です」


「ゾンビが発生する可能性ってのを、懸念してたってわけね」


「見せしめとして引き続き土地を使う為の、対ゾンビの予防策だったのでしょう」


 聖なる力に、強大な魔法。聖伐隊には、どちらも当てはまる人物がいる。


「維持はともかく、発動させた奴なら心当たりはあるぜ。『選ばれし者達』の中には大魔法師と、賢者がいる。その二人ならどうだ?」


「大魔法師って、ええと、バントだっけ?」


 ルビーが思い出すように頭を捻ると、ハーミスが頷いた。

 かつてロアンナの町で、エルフ達を奴隷として売り飛ばそうとした『選ばれし者』、バント。今は第二の人生を送っているが、レギンリオルにいる間に、賢者のサンと組んで作業をした可能性は高い。


「そうだ。今はエルフのサンドバッグだが、強力な魔法が使えたのは間違いない。そいつがいないとなるとだ、何かが代わりに魔力を発し続けてるとすれば……」


 そして、彼の代わりに魔力を発し続けるアイテムを作れる者も、知っている。


「……カルロだ。あいつが作ったアイテムが、障壁を維持し続けてる可能性は?」


「十分にあり得ます。というより、一番現実的な仮説ですね」


 ハーミスとエルのおかげで、話はさくさくと進んだ。サン、バント、カルロの『選ばれし者達』がいれば、腹の立つ話ではあるが、相当な規模の事象も起こせるだろう。


「これらはあくまで仮説ですが、恐らく『忌物の墓』の地上には、複数の魔力を有したアイテム――使いやすさと効力の観点から『楔』と思われます、その類のものが地面に刺さっています。これらが結界を張り、障壁としての役目を果たしているのでしょう」


 すらすらと仮説を述べていくエルに、周囲が気づき始める。


「すげえな、頭いいな……」「流石は魔女だぜ!」


 ゾンビ達に褒められた彼女は、僅かに六芒星の目を泳がせてから、話を続けた。


「ですが、広域をカバーしているとなれば、その分繊細でもあるはずです。一つでも楔を破壊できれば、障壁が効力をなくす可能性は十分にあるでしょう」


 どこかに存在するアイテムを破壊すれば、外に出られる。これがエルの仮説だ。

 全てが良そうに過ぎないのだが、エルがある程度結論付けた途端、部屋とその外、ずっと外に響くほどの歓声が起こった。

 何が起きたのかと戸惑うエルに、アルミリアがこれ以上はないくらいの明るい笑顔で、両手をぐっと握り締め、彼女の知将ぶりを褒め称えた。


「おお、見事な推理じゃ! 褒めて遣わす!」


 エルとしては、知識を総動員したというより、単に気になったところを挙げて、仮説を述べた程度なのだが、まさかここまで褒められるとは思っていなかったようだ。呆れとも何とも言えない表情で、彼女はアルミリアに聞いた。


「というより、これくらいの予測が出来る人はいなかったんですか……」


「うむ、ゾンビの中に魔法師はおらんかったでな! して、その楔とやらを見つけて壊せば、外へとつながる可能性があるんじゃな!?」


「ま、まあ、一応は。話を聞く限りであれば、墓地に直接障壁を敷いたわけでは――」


 複雑な顔をするエルの前で、手を離したアルミリアは叫んだ。


「――よーし、ならば話は早い! 皆の者、聞いたな!?」


「「はい、支部長!」」


 扉の中から、外から、その境目から、わらわらと出てくるゾンビ達。彼らに向かって、これ以上ないくらい目を輝かせたアルミリアは、支部長としての命を下した。


「手の空いている者はアイテムらしきものを探すのじゃ! 見つかればこの地下墓地から出られる絶好の機会ぞ、早速取り掛かれーい!」


「「お――っ!」」


 雄々しき『明星』の希望を継ぐ者の声に、ゾンビ達は一層大きな声と、たちまちのうちに散って作業に取り掛かる最高速の行動力で示した。

 アルミリアもまた、ただ結果を待つだけの長ではないようで、部屋の外へと飛び出していった。その奥では、あっちを探せ、こっちを探せと指示が飛び交っている。

 部屋がすし詰めになるほど集まっていたゾンビ達が、数秒もしないうちに者探しに取り掛かるこの統率力は、並の人間の組織では到底真似できないだろう。とはいえ、もっと大事な思考力がすっぽり抜けているのは、ゾンビの性なのだろうか。

 唖然とゾンビがいなくなる様を見つめていたハーミスと仲間達だったが、こういう連中なのだと無理矢理理解することにして、今度こそ大きなため息を吐いた。


「……あんな数で探せば、直ぐに見つかるだろうな」


「いえ、そうでもありません」


「っていうと?」


 オットーは両手の指を組みながら、細い目で微笑んで言った。


「私達がいる階層は、地下墓地の第八階層にございます。第十二階層から第一階層まで探せば、恐らく十日はかかるでしょう」


「……すごいわね、ゾンビ。あいつらにだけ任せるのは、ちょっと心配だけど」


 声にしたのはクレアだけだが、全員が思った。

 そんなゾンビ達ばかりに脱出を任せるのは、申し訳ないし、心配だ。


「そりゃ同感だ、探索にばかり時間を割かせるのも悪いしな。探索以外でも、俺達も出来ることは手伝う。広間の一部を貸してくれ、そこにテントを張って寝床にするよ」


「畏まりました、空いている場所へご案内いたします」


 幸い、テントで生活は出来るし、食事の備蓄は十分にある。ここでの生活が年単位に及ばない限り、問題はないだろう。ゾンビ達の手伝いをするとハーミスが言うと、一同も頷き、オットーは一層嬉しそうな顔を見せた。

 こうして、ハーミス達の地下墓地生活が始まるのであった。

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