第180話 蘇生
「ゾンビとして蘇ったわらわは、仲間を増やしていった。かつてカタコンベに埋葬された者をはじめとして、日に日に落とされてくる、見つかる死人もな」
日々増えていく仲間。過去に死んだ、今に死んだなど問わず、死者が蘇る。体が欠けていようと、碌に動けなかろうと、令嬢は拒まず受け入れた。
「最初は聖伐隊に反抗などできぬと諦めていた者もおったし、関心のない者もいた。オットーの指摘や協力もあって施設づくりは順調であったが、どうにも現実離れした話としか、皆は思わなかったのじゃ」
とはいえ、アルミリアの言う通り、貴族としての扇動がゾンビ達をやる気にさせるのは早かったが、そうはいっても夢物語の域を抜けなかった。ましてや聖伐隊に恨みを持たない死体もいるのだから、一致団結させるのは難儀したのだ。
自分には関係がないから、好きにしろ。聖伐隊になど勝てるはずがないから、訓練所も武器庫も不要だ。そんな言い分を正論としてぶつけるゾンビも多かった。
だが、転機はあっさりと訪れた。
「……お主らの載った新聞が、見つかるまではの」
ある日見つかった新聞。レギンリオル、ひいては聖伐隊にとってとてつもない邪悪を報じた文面だったが、アルミリアたちにとっては違った。
まさかあの邪悪に立ち向かう英雄がいるとは。しかも、たった三人で。
「『選ばれし者達』を倒したという一報は、私達にとって、良い意味で信じられない内容でございました。恐ろしい力を持つ聖女と仲間達を倒せる英雄がいるとは……しかも、立て続けに二人もとは!」
新聞の内容を目にしたアルミリアは、ゾンビ達をかき集めて話した。
あの聖伐隊、レギンリオルに仇名す反逆者――最高の英雄が存在するのだと。三割のゾンビは興味を持ち、七割のゾンビはまさか、と顔を綻ばせた。
「その日からじゃ、わらわ達がこの話をすると、誰もが沸いた! 悪逆の国家に反する英雄を、ハーミスの物語を誰もがこぞって知りたがり、自分達もああなりたいと思うようになってくれたのじゃ! 新聞を誰もが待ち望んだ!」
初めて新聞の話をしてから、カタコンベでの生活は一変した。
聖伐隊を知ろうとも知らずとも、英雄物語に与することができると知ってからは、皆の働きぶりは見違えるようになった。誰であれ、世界を変えられると知ったならば、働きに疑いを持たなくなるものだ。
様々な施設が作られ、優先的に武器が集められた。器用な複数のゾンビが技術者集団を名乗り、灯りとなるカンテラやランタンを修復し、一層住みやすくなった。間接的に、ハーミスの存在はゾンビの生活レベルを劇的に向上させた。
第二の人生に絶望していた若いゾンビや、呆けていた老人ゾンビは、アルミリアや仲間達によって生きる意味を見出した。今こそ奮起し、悪の国家を打ち倒すのだと。お前も英雄だと言われた翌日から、彼らはばりばりと働き出した。
「皆の心が一つになったのを、わらわは確かに感じたのじゃ!」
新しい死体に新聞を期待し、一喜一憂。持っていれば、大歓喜。
そして更に新聞が報じたのは、あの悪逆非道にして聖なる者達を滅する連中に、魔女のエルが仲間として加わったこと、獣人街で勇者を殺したこと。バルバ鉱山で悍ましい兵器を破壊したこと。どれも英雄譚として、資格を持つに余りある。
皆に伝えた時の光景を、アルミリアは自分が死んだ時以上にはっきりと覚えている。鼓膜が破れるくらい自身も叫んだし、地下墓地中のゾンビが歓喜に打ち震えた。
やがて、一同は自分達をこう呼んだ。
新聞に載っている、反聖伐隊組織『明星』のカタコンベ支部であると。公式に認められていないが、自分達がそうだと言えばそうなのだ。墓地の至る所に明星のマーク――三つの星と剣のマークを彫りこんでから、一層士気は高まった。
「ハーミスよ、わらわは殺されたことを後悔などしておらぬ! 寧ろ感謝すらしておる、邪悪に立ち向かう力と仲間を得たのじゃから!」
ばっと立ち上がり、アルミリアが手を大きく開くと、とうとう扉が勢いよく開かれた。
「「そうとも! 『明星』ばんざい、ハーミスばんざい!」」
山ほどのゾンビが、笑顔で身を乗り出してくるおまけ付きで。
歓迎されるのは、四人とも決して嫌いではない。中でもクレアとしては、嫌うどころか大歓迎の精神を常に持っている。
ただし、今は違う。あまりのテンションの高さに、四人とも顔をしわしわにして、心の疲れをこれでもかと表している。特に子供っぽいルビーと、自分が今や神格化すらされ始めているハーミスの表情は、疲れ、では言い表せない。
テーブルの上で乱暴に頬を突くハーミスの肩に、クレアが手を乗せた。
「諦めなさい。処刑されてもまだここまでのブツを作り上げる精神の持ち主なのよ、これくらいポジティブじゃないとやってけないわ」
「……『明星』で俺の名を広めてる奴がいたら、ぶっ飛ばしてやる」
個人の復讐のつもりが、ハーミスとしてはこんなに大きく話が膨らんでいるとは思っても見なかった。復讐は自分一人の事柄だと思っていただけに、他者の運命を変えているというのは、彼としてはいい気分ではない。
尤も、マイナスな捉え方をしているのは、ハーミスだけである。
「だけど、あんたの名前が、希望を与えてるのは事実よ。復讐の為に生きているにしても、何もかもを悪く考えなくてもいいんじゃないの?」
そんなものか、とハーミスがクレアを見た。
そんなものだ、とクレアどころか、エルやルビーも彼を見た。
「……俺は、英雄になんかなるつもりはねえよ。これだけは言っとく」
きっぱりとこう言ったが、ハーミスもまた、つられて少しだけ微笑んでいた。自分が誰かを助けられる、救えると知るのを拒む人など、きっといないのだから。
「――さて、ゾンビの皆さんの経緯は把握できました。これ以上話が脱線してしまう前に、次の話に移らせてもらってもいいですか?」
こんな時に、話を円滑に進めるのがエルの役目である。ちなみに乱暴に話を進めるのは、炎を吐いて地面を砕くルビーの役目だが、今回はその必要はなさそうだ。
はっと気づいた様子のアルミリアが、もう一度椅子に腰かけた。
「そうじゃったな。何の話か……そうそう、地上に出る手段じゃな」
「ああ。俺達も落ちてきた時に、一度出ようとしたんだが、何かに阻まれたみたいだった。まるで、見えない壁にぶち当たったみたいだったんだ。なあ、ルビー?」
「うん、とっても硬くて、でも見えない壁みたいだったよ!」
「やはりか、見えない壁じゃな。それについては――」
少しだけ間を置いて、アルミリアははっきりと言った。
「――詳しくは、わらわも知らんのじゃ!」
「「はぁ!?」」
知らない。そんな答えは想定外。
四人が四人とも、目を見開いてアルミリアに詰め寄った。
「こ、ここまで引っ張っといて知らないって、あんたよくもそんなことが言えたわね! ゾンビの根城じゃなかったら、お尻ぺんぺんの刑に処してたわよ!?」
「ひいぃ、お尻ぺんぺんは勘弁じゃ!」
掌を大きく上にあげたクレアに竦むアルミリアを庇うように、オットーが言った。
「申し訳ありません。正確に申し上げますと、私達も見えない壁の存在は知っておりましたが、どうしようもないのです。対処の方法が見つからないのです」
「知ったとは、どうやって?」
エルに聞かれたオットーは、渋い顔つきで、悍ましい惨状を思い出すように告げた。
「二度だけ、地下墓地の外に出る為に梯子を組み、地表に最も近いところに穴を開けて脱出を試みた時でございます。最初に外に出ようとしたゾンビが空に手を掻いた途端、腕が焼け焦げ、次いで体が燃え尽きました」
彼も、ゾンビ達も、あの光景を忘れない。空に明かりが差し、仲間が手を伸ばした時。
絶叫と共に、彼はたちまち燃え尽き、灰となったのだ。
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