第163話 直感


 振り向いたルビーだったが、目にはまだ、後悔と戸惑いが泳いでいる。


「でも、ハーミス……」


 そんな目を逸らした彼女の心を支えるように、彼はもう一度、はっきりと告げた。


「でももだってもねえ、後悔を背負うなって、さっきだって言ったろ!」


 機械兵に足をかけて横転させつつ、ハーミスはしっかとルビーの目を見た。


「皆と協力して、外のわっかを破壊してくれ! お前の腕力なら、きっと壊せる! これ以上、カルロの好き勝手にさせるわけにはいかねえだろ!」


 ハーミスはこれ以上、ルビーに迷って欲しくはなかった。

 今迷えば、機械兵は彼女を躊躇なく殺す。何より、ようやく取り戻された瞳の輝きを、暗く濁った理由と事象で失わせたくはなかった。バルバ鉱山の闇を叩き潰し、トパーズの願いを引き継がせる為に、ルビーには行ってもらわないといけない。

 まだまだ声をかける必要があるかと思ったが、ルビーの魂は、強かった。


「……うん!」


 頑張って作った笑顔を見て、ハーミスも笑顔で返した。

 その一方で、カルロはすっかり鉱山の奥の方へ、警護をしっかりと固めたうえで逃げて行ってしまっていた。彼の走る先には、確か『黄金炉』があったはずだ。


「クソ、こうなったら資料を纏めてここを逃げるぞ! ローラに報告しておけ!」


「待てよ、カルロ! 頼んだぜ、ルビー!」


 とにかく、ハーミスはハーミスで、カルロを逃すわけにはいかない。辺りの機械兵をすっかり破壊し尽くし、行動不能に陥らせた彼は、カルロの後を追って駆け出した。

 頼みを聞いたルビーは小さく頷き、目元の涙の痕を拭うと、翼をはためかせる。

 そして、一気に豪風を巻き起こすと、鉱山の出口に向かって飛んでいった。その道中で機械兵を巻き込み、風で破壊したが、彼女は気にも留めなかった。

 人が走るよりも早く、風が駆け抜けるよりも早く。赤い閃光となったルビーは、曲がりくねった坑道の壁に掠りもせずに飛んで行く。太陽の光が差し込む方角に向かって、一本道をただひたすらに駆けてゆく。

 やがて、僅かに陽の光を感じた時、ルビーはそのままの勢いで外に飛び出した。


「――クレア、エル!」


 その瞬間、ほぼ同時に、ルビーは視界に飛び込んできた仲間達の名を呼んだ。

 鉱山の外は、入って来た時と景色が一変していた。

 突入時は味方を圧倒していたはずの機械兵達が、軒並みやられている。敵を破壊し尽くしたのは、間違いなく、高所ではなく低いところを旋回しながら火を吐くワイバーンだ。

 どうなっているのかと驚くルビーの傍に、二匹のワイバーンが下りてきた。


「ルビー! あんた、無事だったのね!」


 彼らに乗っていたのは、所々煤汚れがあるクレアとエルだ。


「うん、ハーミスはまだ中だけど……これは、どうしたの?」


 さっきの出来事もあってか、少しだけおずおずとした調子のルビーに、エルは至極当然であるかのように、空を舞うワイバーンを指差しながら説明した。


「上空からの攻撃が不利なのであれば、低空飛行に切り替えただけです。敵の銃撃も射程が分かれば回避は容易ですし、今回はこちらも飛び道具を用意しました」


 彼女の言う飛び道具とは、どうやら採掘場の上に並べられ、ワイバーン達が背負っている木材だ。きっと、渓流地帯かその周辺でへし折り、調達したのだろう。

 エルは実演とばかりに、そのうち一つを桃色のオーラで掴むと、坑道の入り口から出てきた機械兵に向かって思い切り投げ飛ばした。高速で放たれた木は、何匹か一緒に出てきた機械兵を纏めて圧し潰し、壁にくし刺しにしてしまった。

 この木材と、奇襲するタイミングを変えただけで、二人は優勢に立ったのだ。


「ワイバーンに倒してもらった樹木ですが、私が投げ飛ばせば、立派な武器です」


「あとはハーミスが落とした通信機で、騒動が起きた瞬間を聞いてたから、今しかないと思って飛んできたわけよ!」


「騒動を聞いてた……ルビーの話も、聞いてた?」


「何のこと? あたし達、機械兵が潰れる音しか聞いてなかったわよ」


 妙なルビーの問いに首を傾げるクレアを見る限り、どうやらルビーが洗脳され、ハーミスと戦っていた時の会話は聞いていないようだ。彼女は少しだけ、ほっとした。

 だが、いつまでもそうしてはいられない。すっかり出てこなくなった機械兵達がいなくなった今、ハーミスと約束したことを、成し遂げなければ。


「ううん、何でもない……ねえ、あのわっかを壊したいの。クレア、エル、手伝って!」


 突拍子もない頼み。しかし、クレアもエルも、疑問を抱かなかった。


「任せなさい!」「承知しました!」


 二つ返事で、仲間は了承した。

 ルビーも大きく頷くと、ばりばりと服を破り、ドラゴンの姿を取り戻した。赤い鱗と赤熱の如き翼を大きく開いた彼女は、勢いよく上空へと飛び出した。

 その後ろを、仲間を乗せたワイバーンがついてくる。周囲の同族も状況を把握してくれたのか、後続の敵の雑兵を足止めするように、炎を放ち、尾と翼で敵を蹂躙する。

 『門』が見えるよりも先に、鉱山を回るように飛ぶルビーは、クレア達に問う。


「クレア、『直感』イントリションスキルで分かる? あのわっかの弱点とか!」


「直接見てみないと分からないけど、やってみるわ。エル、魔法の防御壁をルビーの前面に張り出して! 天才なら、一発も通さないでよね!」


「当然です!」


 そうこう話しているうちに、あっという間に鉱山の遥か上空に出た三人は、『門』と対峙した。不気味に光り続けている輪は、武骨且つ完璧な造形であるかのようにも見えるが、クレアはじっとそれを見つめ――たちまち、見つけた。


「――あれよ、あの繋ぎ目! あそこが一番の弱点だと思う!」


 彼女が指差したのは、輪を構成する素材同士の、細い一本の継ぎ目。クレアのスキルはあくまで、物事に対する勘の要素を強めるだけだが、直感はたいてい、当たるもの。

 そして『門』に意識や感情があるのだとすれば、弱点を見抜いたであろう相手に対して、焦りが生まれたのかもしれない。一度目の襲撃でワイバーン達を撃墜した、赤い光が溜め込まれてゆくのを見て、ルビーは恐れよりも先に、勇気を示した。


「よし、行くぞーッ!」


 彼女の声を聞き、ワイバーンとドラゴンは突進してゆく。

 同時に赤い光が輪から放たれたが、今度は対処法を心得ている。エルの乗ったワイバーンがルビーの前に出て、オーラで砲撃を弾く。


「こんな攻撃程度、私が全部弾いてみせます!」


 両手を前に翳し、反動で顔を歪めるエルだが、それでも絶対に防御壁を崩さない。ルビーを信じ、仲間を信じる今、最高の機会を逃すわけにはいかないと知っているからだ。

 何発も攻撃が弾かれる。継ぎ目がしっかりと見えるほど近づき、クレアが叫ぶ。


「行きなさい、ルビー!」


 彼女の号令を合図として、エルが防御壁を解除した。

 そこから飛び出したルビーが、全速力で『門』へと近づいてゆく。

 赤い砲撃の狙いが、ルビーへと変わる。クレアとエルが息を呑む中、彼女は体を捻り、隕石のように突っ込む。右の拳に骨が軋むほどの力を入れ、振りかぶる。

『輪』を間近まで捉えて、ドラゴンの怒りと勇気を纏った一撃で。


「――でえええりゃああああああぁぁッ!」


 叩きつけた拳は――ルビーの体は、『輪』を貫いた。

 風穴の開いた輪は、赤い光を溜め込むのをやめてしまった。自らが死んでしまったことに気付いていない生物のように、それはほんの僅かな間だけ沈黙していたが、やがてゆっくりと力を失い、宙に浮くのをやめた。

 間もなく、穴から入りゆくひびが、輪を完全に二つに分断してしまった。

 ぐらぐらと揺れ、落下してゆく輪の隙間から、ルビーが出てゆき、仲間と合流して飛び去る。鉱山の円柱部分に輪が触れ、双方を砕き、破壊してゆく。


 そして、瞬く間に、人の手が加わった鉱山の一部分は崩れ往くのだった。

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