第90話 推理


「――それじゃあ皆、集めてきた情報を交換しましょ」


 昼から今――夕方にかけて、四人は獣人街中を駆け巡って、情報を集めてきた。

 明日の抗争を止める為には、今日中にやれることをやらなければならないのだ。それに、三日間ハーミス達について説いて回ったモルディ達に比べれば、苦ではない。

 そんなこんなで迅速に、且つ大量に情報を集めて、気が付けばハーミス達は宿の一室に集まっていた。クレアとエルが泊まっている、ベッドを含めた家具とシャワーがついている、一般的な部屋だ。

 窓から射し込む夕焼けを背に受けながら、エルが口を開いた。


「では、私から。襲撃事件についてですが、今回に限った話ではないようです。過去に何度か、人目に付かないところで起きているようですね」


「人目に付かない……今回とは違うわね」


「仕事を手伝った先の夫婦は、開戦の合図の意味合いが強いと言っていました。これまでのように死体を残すだけでなく、大仰に襲って、敵意を明確に示すのだと」


 彼女がずっと荷物運びを手伝っていた相手は、街の事情に詳しい夫婦だった。というより、獣人街は国と比べれば狭い区域だ。噂やニュースは広まるし、それが殺人などの物騒な事件であれば猶更である。

 そんな彼女が言うのだから、襲撃は起きていたのだろう。ただ、今回はこっそり襲っていた人物による、急な襲撃。メッセージと考えた方が良い。


「それで、ニコ達もあんなに怒ってたのか……」


 ボス達の怒りの理由に納得したハーミスを置いて、今度はクレアが報告する。


「あたしが手に入れたのも、似たような情報ね。襲撃者を見て、追いかけた奴もこれまでにいたみたいよ。ただ、そいつらも結局逃げ切られるか、中には一人で追いかけた結果、死体も残らずに消えた奴もいるって」


 逃げ切られた者は、きっとクレアのように目の前で消えられたのだろう。それにしても、追いかけた者まで消えるとは、些か理解しがたい現象でもある。


「死体も残らず? 路地裏に人を丸呑みにする魔物でもいるのでしょうか」


「聞いた話なんだから、茶化さないでよ。どっちにしても、あの襲撃者はまだ誰も、一度も捕まえられてないのよ。証拠がないから、互いが互いを疑ってるって感じね」


 襲撃者は相手が雇った。そんな人物など存在しない。

 証拠さえ上がらなければ、嘘などいくらでもつける。恐らくどちらも真実を話していたのだろうが、双方が信じなかった結果、今の事態になってしまったのだ。


「えっと、ルビーは空を飛んで、おかしなところがないか見てきたよ! でも、怪しいところとか、おかしな人とかはいなかったよ」


「こそこそしてる奴とか、人が隠れられそうな穴とか?」


「うん、なーんにも」


 ルビーの報告は、彼女にしかできない空からの監視。しかし、こちらに関しては何一つ怪しい事柄を見つけられなかったようだ。


「ますます謎ね、襲撃者の正体……で、ハーミス、あんたは?」


 最後に残ったハーミスは、後ろに置いていた黒い器具を掴み、皆の前に置いた。


「俺は、これを使った。『特定痕跡探知式追跡録画装置』だ」


 レンズの付いた、掌大の長方形の装置。その横にはアンテナのような細い部位が二本くっついており、左側面には、赤と青のボタンが山ほどある。ガトリングガンを固定する時の三脚をワンサイズ小さくしたものが、底部に取り付けられている。


「…………分かりやすく説明、頼むわ」


 ハーミス以外が到底使い方を理解できないそれの用途を、彼は掻い摘んで説明した。


「こいつだ。ある一定の時間の足跡を探知して、浮かび上がらせる。そしてその足跡を追える装置でな、しかもこうして、風景と一緒に映し出せるんだよ」


 ハーミスがレンズの付いた装置を三脚から外し、何もない壁にレンズを向け、一番大きく赤いボタンを押した。

 すると、画面にいきなり、襲撃が起きた区域の風景が映し出された。まるで写生されたかのような、そっくりそのまま抜き出してきたような光景に、一同は驚く。

 しかも、路には赤く点滅する足跡の印。風景が路地裏に向かって進んでいくのに合わせて動き出すこれは、ハーミスの言葉を借りるなら、その時間帯の足跡だ。つまりこれは、見た風景や景色を保存し、いつでも見られる装置なのだ。一万五千ウル。


「うおっ、これは凄いわね!」


「成程、この装置で襲われた時間帯の足跡を追ったのですね」


 彼は頷くが、嬉しそうではなかった。


「そうだ。けど、足跡自体が途中で消えちまってた。あの路地は両隣を空き家で挟まれてるんだが、どっちも誰も住んでなくて、人の出入りはないらしいし……」


「ほんとに? 中に入ってみたの?」


「いや、けど扉は錆付いてて、触っただけで崩れちまいそうだった。街の家屋が赤煉瓦で作られる前からある木製の家だし、あんなところを仮に根城にしても、足跡が消える理由が分からねえよ」


 『通販』オーダーで買ったアイテムを使っても、敵の正体は見いだせない。


「とりあえず、夕食にしよう。それから、また考え直そうぜ」


 夕焼けに照らされた壁に、路地裏の風景が虚しく映っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る