第59話 支配


 静寂の中、エルの話は続く。


「私と、私ほどではありませんが他の特務隊のメンバーも、魔法については人間以上に強力でした。聖伐隊は魔物や亜人を嫌悪しましたが、道具として使う分には寛容でした」


「道具……あいつらが使いそうな言葉だ」


「彼らは髑髏芥子を使い、特務隊のメンバーを薬物中毒にして使役しました。それがなければ死ぬような状態まで追い込みましたが、死も許されませんでした。人間に対してつかわれる魔法が、魔物や亜人、同じ魔女にも使われました」


「そんな、同じ魔女を殺させるなんて!」


 ルビーが怒りの声を上げるのも納得の、酷い扱いだった。

 彼女が薬物中毒になっていたのは、道具として使役し、魔物を始末するべく聖伐隊の一部として使っていたからだ。彼女が聖伐隊の制服を着ているのは、それが理由だ。

 魔物や他の亜人ならまだしも、同族である魔女までも殺す時の心境は、如何なるものだっただろうか。ハーミスもルビーも心を痛めて、エルを見る目が変わりつつあったが、唯一クレアだけが、冷たい目を抱き続けていた。


「ふーん。あのさ、仲間への詫びで舌噛み切って死ぬとか、考えなかったわけ?」


 おまけに、とんでもない言葉と一緒に。


「クレア」「クレア! 駄目だよ、そんなこと言っちゃ!」


 ハーミスとクレアが同時に窘めたが、クレアは知ったことではないと言わんばかりに、話を続ける。それこそ、彼女は別のベクトルで怒りを抱いているようだ。


「あんた、自分の行為を悪いって思っちゃないでしょ? 寧ろこう思ってるんじゃない? 自分ほどの才能の持ち主が、どうしてこんな目に遭うんだろうって。悪党で超美少女盗賊のあたしが言うのもなんだけど、結構クズよ、あんたも痛だっ!」


 ただ、何事にも言い方はある。

 ハーミスはとうとう、クレアの頭に拳骨を叩き込んで黙らせた。


「悪りいな、こいつは口が開くと閉じないタチなんだ。続けてくれ」


 エルは納得した様子で頷いた。


「……とにかく、私達は聖伐隊の敵を殺す道具として使われ続けてきました。しかし、私だけが偶然――いえ、素質のおかげでその呪縛から逃れられました。私は隙を見て本部を脱走し、解毒の方法を求めて方々を当たりました」


 一度だけ発言を修正したのは、きっとそれが偶然であると認めたくなかったのだろう。


「ですが、魔女の隠れ家では一族の誇りを売った者と見捨てられ、他の部族では聖伐隊と見做され、人間の居住地では聖伐隊からの手配のせいで存在すら許されませんでした。最後の頼みの綱として、私は生まれ育った地に戻ってきたのです、不本意ですが」


「へーえ、自分じゃ何にも出来ないって分かってるひひゃい、ひひゃいい!」


 何事も上手くいかないと俯く彼女に対し、クレアはまたもエルを小馬鹿にしようとしたが、今度はルビーが黒い手袋を嵌めた指で、クレアの口を横に広げた。


「ダメだよ、クレア! 悪いこと言うならお仕置きだよ、がおーっ!」


「ひゃひいいぃっ!」


 どたばたと暴れる二人を眺めながら、ハーミスはエルに聞いた。


「……一ついいか? 解毒の方法がある薬物だけで、魔女をそこまで忠実にできるのか? 物凄く依存するとは、クレアから聞いてたんだが……」


 エルは、首を横に振った。肌は健康になっても、彼女の肌はまだ白いままだった。


「いえ、薬物もそうですが、私達は幹部によって支配されていました。『洗脳』ブレインハックと呼ばれるスキルを持つ幹部、ティアンナに。薬物はそれへの抵抗力を下げる、手段です」


 まるで、自分を支配する者の恐怖が、まだ拭えていないかのように。


「……やっぱりか」


「知っているのですか?」


 ハーミスは頷いた。あんな相手のことを、忘れられるはずがない。今朝見た夢が、抉り取られそうになった眼球の奥が疼くのを、彼は確かに感じた。


「俺の幼馴染だよ。そんでもって、あいつの性格も、スキルも知ってる」


 とはいえ、ローラと『選ばれし者達』の中で、彼女だけが異質だったのも覚えている。


「あいつに与えられた天啓は『支配者』、スキルは『洗脳』。隷属の言葉を唱え、目を合わせただけで他人を支配できる。死の恐れも恐怖もない、無自覚の支配者にして真の邪悪、とでも言っておくさ、あいつに関してはな」


 彼女は、正しく異常と呼ぶに相応しい相手だった。

 ジュエイル村で天啓を受ける前から、死や恐れを知らないようだった。どれだけ大きなトラブルや危険に直面しても、表情一つ変えなかった。肝が据わっているのではなく、感情がないのだと、当時のハーミスは思っていた。

 そうではない。彼女は邪悪を内包し、単に外側に出さなかっただけなのだと、天啓を受けた後に、彼は思い知らされた。小動物同士を殺し合わせ、ハーミスを操り、しかし彼女は全く楽しそうではなかった。より大きな獲物を探しているようでもあった。

 彼女は見つけたのだ。魔物という、巨大な獲物を。


「……そいつが絡んでるなら、悪りいが、俺だって無関係じゃねえ。お前を追う聖伐隊は、俺が倒すよ。どうだ、悪い話じゃないだろ」


 幹部を必ず殺すと心に決めたハーミスの提案に対して、エルは言った。


「――必要ありません。解毒された以上、私で対処します」

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