第51話 希望
「――あ、そうだ」
バントとジョゴに背を向けて歩きながら、ハーミスがベルフィ達に言った。
「ちょっと言いにくいんだが、さっき思い出したんだ。聖伐隊の連中だけどな、きっと舐められたままじゃ終わらねえぞ。きっとここに、本部から兵が……」
ハーミスの予想では、二度も自分に反撃されたローラ達が、このままで済ませるとは思えなかった。どんな形であれ、報復に来るのではないかと思っていた。
「分かっています。聖伐隊の本部が報復に来る前に、この里を捨てます」
「……!」
だからこそ、ベルフィの答えに驚いた。
里の存続の為に戦っていたのに、まさかその里を捨てるとは。姫としても苦渋の決断かと考えたが、寧ろベルフィの顔には、強い決意と覚悟が浮かんでいた。
「わたくし達は魔物……『フレンズ』達と共に、拠点を移しながら東に向かいます。その方々で圧制に苦しむ魔物や同胞を助けながら、戦う道を選びます」
それから、ハーミスに顔を向け、金色の瞳に勇気を湛え、笑顔を見せた。
「皆様とシャスティが気づかせてくれました。もう逃げるのも、諦めるのもやめます。我々は『レジスタンス』。聖伐隊という闇に切り込む光となりたいのです」
バントの玩具であった頃のベルフィは、もういない。ここにいるのは、エルフと、聖伐隊と戦う――戦うことすら諦めた同胞を立ち上がらせる灯であり、シャスティ達エルフの勇士を率いる、立派なリーダーだ。
「……もうなってるよ。ベルフィ姫、あんたは立派なリーダーで、一族の長だ」
「貴方にそう言っていただけるのが、何よりの光栄です」
ベルフィの白い頬が、ほんのりと赤らむ。
二人のやり取りを微笑ましく見つめるシャスティに、今度はハーミスが、彼女の背負っている黒い弓と矢筒を指差した。かつてはハーミスの物だったが、今は違う。
「シャスティ、弓と『無限生成矢筒』はお前に渡していくよ。仲間の為に使ってくれ」
「ありがとう、ハーミス。お前のことは決して忘れない」
ハーミスとシャスティは、固い握手を交わした。同時に、クレアの声が聞こえてきた。
「ハーミス、準備ができたわよーっ!」
つまり、ここを発つ時だ。
エルフ達が立ち止まり、ハーミスが少し前に出て、振り向く。
「……それじゃ、お別れだ。いつかまた会おうぜ」
「はい、ハーミス様……つかぬ事をお聞きしますが……」
「ん?」
ふと、ベルフィが何かを伝えようとした。
一秒、二秒、三秒。たっぷり五秒はもじもじと、両手の人差し指を会わせながらハーミスに目を合わせないようにしていたが、やがて言葉を呑み込みながらも告げた。
「……なんでもありません。旅の無事を、お祈りします」
ハーミスは首を傾げたが、意味は分からないものの納得した様子で笑った。
「おう、ありがとな。また会おうぜ、ベルフィ姫、シャスティ」
「はい、いずれまた」「元気でな、ハーミス」
軽く手を振って、ハーミスの姿が、里の端へ消えてゆく。
バイクに跨り、エンジンをふかす彼を遠目に見つめながら、ベルフィはもじもじと指を絡めていた。その理由を、シャスティは知っていた。
「……姫、何故想いを伝えなかったのですか?」
シャスティどころか、従者達も気づいていた。彼女がハーミスに対して、百歳近く歳の差がある好青年に対して、恋心を抱いているのだと。
どうして告げなかったのかと聞くシャスティに、ベルフィは顔を赤くして答えた。
「わたくしが言えば、きっとハーミス様の枷となってしまいます。あの御方がより多くの同胞を救おうという時に、そんな言葉を伝えるわけにはいきません」
「迷っている間に、私が奪ってしまうかもしれませんよ、姫」
「もう、シャスティってば……」
茶化すシャスティに頬を膨らませていたベルフィだが、不意に真面目な顔になった。彼女の変化に気付いたシャスティも、また真剣な顔で、彼女の話を聞いた。
「それよりも、貴女に頼みがあるのです」
「何なりと」
「他のエルフへの伝令として、南へ向かってください。そしてエルフ達に、亜人、魔物達に、こう伝えてください――」
自分達のように、諦めている者へ。全てを投げうって戦う者へ。
危機に瀕する、全ての者へ告ぐ。
「『聖伐隊への服従も、逃亡も、今日で終わりだ。救世主ハーミスの名の下に、今こそ立ち上がり、武器を取れ』、と。彼らこそが、最後の希望です」
遠く、走り去っていく救世主。
彼こそが、望みだと。
人でありながら人に非ず、悪を討つ者だと。
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