第49話 玩具
ぼろ切れ一枚を纏い、汚れと傷だらけの姫は、涙を湛えながら言った。
「……わたくしは、わたくしは人間の玩具じゃありません!」
この一撃が、流れを変えた。ベルフィが再び矢を番え、バントの顔中に血管が浮く。
「この、エルフ風情がぎゃああああッ!」
「よそ見してんじゃねえよ、バーカ」
そしてハーミスが拳銃で、バントの肩を撃ち抜いた。
焼き鏝を押し付けられたかのような激痛に顔を引きつらせ、尿を漏らしながらも、バントが残った掌を肩にあてがう。すると、緑色の光と共に、彼の傷口が塞がった。
「
治せるからなんだと言わんばかりに、ハーミスは近寄りながら拳銃の引き金を引く。炎に辺りが包まれる中、散弾銃を背負い、二丁拳銃のハーミスが迫る。
「だったら治せよ。治した傍からぶち抜いてやる。治さねえならこうするまでだッ!」
ハーミスの拳銃が火を吹く度、バントの体のどこかが貫かれる。
転がりながら、噴き出した血を塞ぐように治癒をすれば、別のところに穴が開く。
「ぎぃいッ! や、やべで! 回復が、がいぶぐがまにあわないぃッ!」
「『大魔法師』なんだろ、回復魔法くらいきちんと使って見せろよ。じゃねえと死ぬぞ」
「痛だい、いだいいだい、ごべんなざい、ごべんなざい、もうやべで!」
「
「あんぎゃああああ! あやばっだだろうが、なんでやめないんだああああ!」
『自動装填』のスキルは、拳銃――リボルバーの弾倉が空になれば、腰の予備分から自動で装填されるというもの。つまり、リロードの必要がない。バントが何を言っても、ハーミスが弾切れになるまで射撃が続く。
バントの体は穴だらけだが、死ぬに死ねない。最低でも三か所は絶対に穴が開いている状態の彼は、それでも治癒をやめない。
やめたら、死んでしまう。死んだら、自分は自分が見下した連中以下となる。この期に及んで、バントは誰かの上に立つことを考えていた。もう逆転の手立てもないのに、反省の色もない謝罪しか出てこないところで、彼の異常性は紛れもない。
謝ったから許せ。高慢な態度に、ハーミスの指が止まる道理はない。
「ベルフィが謝ったらやめるのかよ、お前は……ん?」
しかし、ハーミスの肩に手を触れる者はいた。
「人間さん、やめてください。殺してはいけません」
力なく歩いてきたであろうベルフィが、ハーミスにそう言ったのだ。
彼は驚いた。最も酷い暴力を受け続けてきた彼女が、ここでバントを殺すなといったのだから。ハーミスが彼女の立場なら、絶対に殺しているというのに。
バントは、やはり玩具は立場をわきまえていると思い、血に塗れながら嗤った。
「彼は生きたままエルフの里に連れて行きます。死よりも重い罰を与えます」
そして、自分がどう足掻いても助からないと知り、顔を絶望に染めた。
今度こそ、バントの傲慢さは消失した。明確な殺意と怒りをベルフィにぶつけられ、硬直する彼に対し、ハーミスは姫の背を軽く叩いてから、武器をベルトに挟んだ。
「そうこなくっちゃ……なッ!」
「んぎゅうあッ!」
それから思い切り、彼の顎を蹴り飛ばした。
バントは地面に倒れ込んだ後、少しだけ痙攣して動かなくなった。死んではいないだろうし、殺すつもりもない。ハーミスは彼の右足を掴んで、シャスティを指差した。
「こいつは引きずって連れてく。シャスティも一緒に連れてくが、どうしたもんかな」
するとその時、ハーミスとベルフィの背後から、がなるような声が聞こえた。
「動くな、逆賊! この大罪人め!」
振り返った二人の前にいたのは、聖伐隊の隊員達。駐屯所の外にいて、まだ魔物達の攻撃に巻き込まれていなかった、男女含めて七名の隊員。残党と呼ぶべきか。
「聖伐隊……!」
これ以上の横暴を許すわけにはいかないと、剣と盾を構えながら、じりじりと詰め寄ってくる敵を前に、ベルフィは再び矢を握ろうとした。
だが、ハーミスは随分と落ち着いていた。
「落ち着けよ、ベルフィ姫。こいつらぐらい、手を出すまでもねえって」
「……? 人間さん、それはどういう……?」
「何を言っている、気でも触れたのかあがぁッ」
彼の言い分は、正しかった。
ハーミスが言い放った勝利宣言に苛立った隊員の頭が、目の前で吹き飛んだ。次に、その隣にいた女性隊員の腹から手が飛び出し、臓物を千切り取られた。
更にロープの付いたナイフが、同時に二人の隊員の頭を貫いた。残った三人が、何が起きているのかを理解する前に、誰かに殴り飛ばされた。地面を擦り、ごろごろと転がった彼らの顔は、皮が剥ぎ取られていた。
呆然とするベルフィとは逆に、ハーミスはこの流れを予期していた。
「……まだ逃げてなかったのかよ、クレア、ルビー」
聖伐隊だったそれの後ろに、魔物に乗ったクレアと、宙に浮くルビーがいたからだ。しかもその更に後ろでは、誰も乗っていない四足歩行の魔物が唸っている。
「うん、クレアが忘れ物しちゃったから! 街の外から戻ってきたの!」
両手を血で染め上げたルビーに、ロープを巻き取ったクレアが怒鳴る。
「あんたも忘れてたでしょうが! 奴隷商人やエルフ達を待たせてでも、これがないと困るでしょ、生命翡翠が!」
クレアが右手に抱えているのは、人の頭ほどの大きさがある、神々しく輝く翡翠。ハーミスは一度も見たことがなかったが、きっとこれが、エルフを生み出す生命翡翠だ。
「生命翡翠! では、貴方達がモルティ達の言っていた……」
「モルティ? ああ、あのちびっこ共ね。そうよ、エルフを助けに来た英雄ってわけよ! さあさあ崇めなさい、あたしを敬いなさい! にゃーははは!」
「それはいいとしてだ、生命翡翠を回収しに来ただけか?」
ハーミスが問うと、クレアは首を横に振った。
「そんなわけないじゃない、どうせ十万ウルを使い切ったんでしょ? 資金繰りも兼ねて、人のいなくなった店から金をかっぱらってきたのよ、こんなに!」
彼女が左親指で指した背嚢には、紙幣が溢れんばかりに詰まっていた。
詰め込み過ぎて口が塞がらなかったのか、いくらかはみ出しているし、零れている始末。だが、今の状況なら、最高の戦力増強だ。
「……最高だよ、お前ら。そこの魔物を借りてもいいか? 俺と二人を乗せたいんだ」
「その為に連れてきたのよ。あんた達は乗るだろうけど、そこの奴は?」
気絶したバントを一瞥し、ハーミスが答えた。
「街の外までは引きずってくいく。そこからは、魔物に乗せるさ」
「オッケー。それじゃあ、さっさと撤収するわよ!」
クレアの一言で、ハーミスはシャスティを担ぎ、ベルフィと共に魔物に乗った。
そして、バントを引きずりながら、仲間と共にロアンナの街を走り去っていった。
残されたのは、燃え盛る街と、半壊した駐屯所。
それはぐらぐらと揺れ、自らの重みに耐えきれず、下から崩壊し始めた。
聖伐隊が結成されてからずっと、亜人と魔物の脅威であった駐屯所は、ものの数秒で崩れ去り、ただの瓦礫の山と化した。
斯くして、戦いはハーミス達の勝利に終わった。
全てを奪い返し、全てを壊した、彼らの圧勝に。
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