第45話 脱出


 クレア達の大脱出に伴う無数の足音は、ハーミス達のいる駐屯所にも聞こえてきた。

 シャスティやベルフィだけでなく、侵入者を監視する隊員達も、思わず命令を忘れ、何が起きているのかと辺りを見回した。


「……何だ、何が起きている?」


 その隙を、ハーミスは見逃さなかった。


(――今だ!)


 後ろに回された手の左指を動かし、『注文器』ショップの画面を押した。展開されたカタログには既に、『おまかせ購入』と、八万ウルという金額が表示されていた。

 彼がそのまま商品購入ボタンを押すのと、隊員が異変に気付くのは、ほぼ同時だった。


「おい、お前! 何をした――」


 ただし、早かったのはハーミスの方だった。


「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」


 部屋の窓を勢いよく突き破って、キャリアーとバイク、そして部屋よりも少し小さいくらいの黒い乗り物が、とてつもない音と共に侵入してきたのだ。


「どわああああッ!?」


 唐突な事態にうっかり転んでしまった隊員を見ずに、ハーミスは一気に走り出した。


「シャスティ!」


 そして、シャスティの名を呼びながら、黒い弓と矢筒を、彼女に向かって投げた。ハーミスが貸していた、強素材の弓と、無限生成の矢筒だ。受け取った後の行動は、簡単だ。


「だ、誰だお前はぶんぎゅッ!?」「う、動くなお前らんぼッ」


 刹那の間に矢を番え、二人の隊員の目を射抜いた。

 咄嗟の状況でも冷静に敵を殺せるのは、流石は勇士といったところだろう。弓を背負いなおしたシャスティの横で、ハーミスはキャリアーから話を聞いていた。


「本日、おまかせ購入で八万ウルの商品をご購入いただき、ありがとうございます。こちらで『四足歩行戦術機動兵器』、『グランドウォーカー』をご用意させていただきました」


 彼女が後ろ手に説明したのは、赤く光る眼が正面に四つある、黒い鉄の棒を複雑に組み合わせて作られた、四本足の蜘蛛のような何か。シートが前方に一つ、後方に二つ。どちらの隣にも、白い羽の付いた筒が十本と、四角い弩のようなものが付いている。


「うん、ラーニングも完了。良いサービス提供、助かるよ」


「またのご利用をお待ちしております」


 ハーミスは使い方を分かっているようで、黒い渦の中に帰ってゆくキャリアーを見送る。反面、シャスティは妙な汗を流しながら、至極当然の質問をした。


「おい、ハーミス。あれは誰だ、これは何だ!?」


「あれはまたいつか紹介するよ。これは、俺の命令通りに動く武器だ。この駐屯所を滅茶苦茶の、ギタギタの、メッタメタにする武器だぜ」


 雑にもほどがある説明だったが、シャスティは口を吊り上げ、納得した。


「……その説明で、十分だ。見たところあのバイクのようだが、乗れるのか?」


「そこの後ろに乗ってくれ、手元の赤いボタンを押したら攻撃できる。四連装ミサイルと重機関砲だ、自動ロックオン機能があるから、弾切れになるまで好き放題ぶっ放せ」


「みさいる? ろ、ろっく、おん?」


「分かった、敵が見えたら赤いボタンを押せ――さて、ベルフィ姫」


 シャスティが後ろのシートに乗り、ボタンや武器らしいものの確認をしているのをただ見つめているベルフィの前に、ハーミスが立った。彼はただ、静かに聞いた。


「まだ、諦めるか? それとも俺達と一緒に、とことんぶっ壊してやるか?」


 シャスティも見つめる中、ベルフィは問いに問いで返した。


「……どうしてそこまで、私に――」


「やるのか、やらないのか。俺はそれだけ聞いてるんだ」


 最早、そんな感傷的な言葉は不要である。

 ベルフィに求められているのは、今を戦う勇気か、それでも自分を犠牲とする謙虚さか。ハーミスは聖人ではないので、どちらを選んでも判断に任せるつもりだった。諦めるなら、それも決断だと思っていた。

 しかし、ベルフィは違った。

 ぼろ切れを纏い、体中を醜く傷つけられた。肌を汚されようとも、それでも覚悟は既に決まっていた。七色の髪飾りの煌めきと共に、彼女は姫の誇りを含んで、言った。


「――やります。わたくしも戦います」


 戦う。聖伐隊と、ここで戦う。

 鎖を持ち上げ、部屋を出る意志を固めたベルフィを見て、ハーミスは微笑んだ。


「ベリィグッドな返事だな。シャスティの隣に乗れ、聖伐隊が見えたら赤いボタンを押せ、いや、扉を出たら赤いボタンをずっと押せ、いいな?」


「は、はい!」


 シャスティに手を貸してもらい、ベルフィは彼女の隣に座る。どこにも繋がっていない、リード代わりの鎖を手元に引き寄せて、彼女はボタンの上に手を置く。

 四つの赤い目が光り、乗り物が二回ほど大きく揺れ、蒸気のような紫の煙が四つの脚の関節から噴き出し、魔物の如く動き出す。

 準備は完了した。前方のシートに座ったハーミスが、二つのレバーを握り、そして。


「うし、そんじゃあ……いっちょ、ぶっかましてやるぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る