第22話 反撃
「ハーミス、凄いね、あれ!」
森の中を抜けながら、ハーミス達は村へと突き進む。
道中、完全に聖伐隊と遭遇しないわけではなかった。二、三人で行動する者達と鉢合わせるタイミングはあったが、いずれもハーミスの矢と、ルビーの爪撃で斃した。
「伊達に五十万ウルを注ぎ込んでねえさ。あれでしっかり連中の気を逸らしてるうちに、村からありったけの金をかき集める」
作戦は決まっている。陽動で気を引いているうちに、金をかき集めて、
「そんで買うんだ、もっと強い武器……を!」
気づかれる前に、矢が隊員の頭を撃ち抜く。
「この、邪魔っ!」
気づいた時には、ルビーの剛腕が頭をもぎ取る。
合わせて五人ほどを道中で始末した二人は、やっと村の端に辿り着き、樽の油のにおいがつんと鼻を衝く家屋を一望した。遠くからは、まだガトリング砲の銃撃音が聞こえてくる。
見たところ、人影はない。白い服も、甲冑も見当たらない。
「悪いな、皆、使わせてもらうぜ……」
そう思い、迂闊に村の中へ侵入したのがまずかった。
「――よくもやってくれたな、ハーミス」
広場まで来たハーミスの背後から、ユーゴーの声が聞こえた。振り向くと、やはり甲冑を完全装備した声の主と、ついて歩く三十人以上の聖伐隊隊員が、二人を睨んでいた。
ユーゴーは既にハルバードを両手に握り、隊員達は剣と盾を構えている。どうやら陽動作戦を読んで、焼き討ちの準備を止めてでも、自分達が村に来るまで待ち伏せしていたのだと、ハーミスは気づいた。
「ユーゴー、陽動に気を取られなかったんだな」
「ハッ! あんなもんに騙されるかよ、この聖騎士が! 協力者が誰かは知らねえが、てめぇらをしっかり始末してから殺してやるさ……取り囲め!」
聖騎士の命令に従い、聖伐隊の有象無象が四方八方を囲む。
ハーミスの弓の腕が確かだとしても、これだけの数を相手にすれば必ず隙が生まれる。クレアのガトリング砲をこちらに持ってきたい気持ちに駆られるが、ない物ねだりだ。
数の暴力によって、広場の隅に押しやられる。無数の剣の先端を突き付けられたハーミスが、ここまでかと観念しそうになるが、不意にルビーが前に出た。
「……ハーミス、お金を集めてきて。ルビーがやる」
「ルビー!? でも、お前……」
「大丈夫。ルビーはドラゴンだから……人の姿じゃない、こっちが本当の姿だから!」
言うが早いか、驚くハーミスの前で、ルビーの体が大きく震えた。
鱗が全身に行き渡り、体の内側が隆起する。口が耳元まで裂け、尾が伸び、翼が全長よりもずっと大きく、広くなる。服が破け、人の体から蜥蜴の体へと変貌してゆく。
そうして変化が終わった時、広場にいたのは、人間ではなかった。ハーミスよりも何倍も巨大な体躯を誇る、翼を持った、後ろ足で立つ蜥蜴――深紅のドラゴンだった。
『ゴオオオォォォ!』
竜が天に向かって咆哮を轟かせると、炎が吹き上がった。聖伐隊は無抵抗のドラゴンを殺した経験はあるが直面した経験はないのか、優勢から一転、たちまち狼狽え始める。
「な、あれは、これがドラゴンか……!?」
「び、ビビるなよ! これよりでかいドラゴンを殺したんだぜ、こんなのびゅッ」
数少ない、蛮勇の持ち主であった聖伐隊の男は、尾の一振りで顔面をもぎ取られた。
びくびくと震えて死んだ彼の恐怖を皮切りに、戦いが始まった。一斉に襲い掛かる聖伐隊に対し、ルビーは雄叫びと共に尾を振り、炎を撒き散らす。剣しか戦闘手段のない連中が、盾でどうにか炎を防ぐ中、ルビーは背後のハーミスに言った。
『ハーミス、行って! お金を集めて、こいつらを倒すんだよ!』
「……分かった!」
彼女の覚悟を感じ取り、ハーミスは村の奥へと走り出す。勿論、隊員達は許さない。
「あ、おい待て! 逃げるなぎゃああああッ!」
しかし、許されないからどうとは言わない。ハーミスを追いかけようとした隊員二名が、ルビーの右腕が振るった爪によって体を割かれ、複数の肉塊になり果てた。
「グオゴオオオオッ!」
聖伐隊の雑兵程度では、ルビーの敵にすらならない。
そもそも、ドラゴンとは彼女くらいの年齢まで成長すれば、町や村を容易く破壊できるのだ。接近した隊員の腕がもがれ、殴り飛ばされて血しぶきと肉塊の混合物となるのは当然だ。
更に一人の体が噛み砕かれ、ようやくユーゴーがやる気を出したようだ。
彼の行く先を死守するルビーの眼前に、ユーゴーが立つ。ドラゴン如きに後れを取るものかと、ハルバードを突き付けるユーゴーと、ルビーの赤い目が合う。
「この野郎……ドラゴンの分際で、ユーゴー様に楯突こうなんてよ……!」
そんな死闘の音と、ガトリング砲の音を聞きながら、ハーミスは村を登ってゆく。
(全部の家を漁ってる余裕はねえ、一番金がありそう家……盗賊みてえだけど、今回ばっかりは手段を選んでられねえ!)
自分が犯罪者のようだと、天国の村人に思われたとしても、ハーミスは歩みを止めなかった。最もお金がある家なら、もう見定まっていた。
(だったら、ここだ! 困ったとき、ジュエイル村の皆が集まるところ!)
彼が着いたのは、村長の家。皆が集まる、ハーミスにとって様々な思い出のある家。
そこには、複数の荷物が残ったままだった。紛れもなくそれは、ハーミス達を待ち、聖伐隊に捕らえられた村人達と、村長達の荷物だった。
人質を優先した聖伐隊は、荷物に触れなかったのだろう。
「……皆、やっぱりここに集まって、俺達を待っててくれたのか」
無造作に残された荷物が、ハーミスに現実を伝えた。もしかすると有り得たはずの未来を想い、瞼を閉じたハーミスは、犯罪者とも呼べる道を選ぶ覚悟を、もう一度決めた。
「ごめん、皆……使わせてもらう、皆の仇を取る為に……!」
彼は鞄、背嚢、麻袋をひっくり返し、金という金を集めた。金銀銅貨、数種類の紙幣、荷物を広げた拍子に零れたものも含めて全て、一切合切だ。
残った荷物の残骸を脇にどかし、金銭を床の中央に集めて、
正直なところ、何を買えば勝てるのかは分からない。だから、物事を最も理解して――谷底から自分を助けてくれた配達員に、託すしかなかった。
「ざっと二百万ウル、ありったけ全額はたいて買ってやる! キャリアー、『おまかせ購入』だ! この状況をひっくり返す――聖伐隊を倒すアイテムをくれ!」
ハーミスは青いカタログの画面、その『おまかせ購入』項目を叩くように指で押した。
表示された残額と、目の前に積まれた二百万ウルが湯水のように消え去った。残ったほんの少しのお金を見つめる余裕も与えないくらい高速で、家の外から声が聞こえてきた。
「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」
普段なら目の前に現れるはずの、キャリアーの声だった。
どうして外にいるのかと疑問に思いながら、ハーミスは村長の家の外に出た。そして、彼女が家の中に来なかった理由を知った。
「これは……!」
家の中にこれを呼ぶなど、不可能だったからだ。
ハーミスが見上げるほど巨大な、漆黒のそれの真下に、キャリアーが立っていた。
「お客様の要望に合わせて、私が選んだ逸品でございます。レンタル商品となっていますので、一度きりの使用となります。ご注意ください」
二百万ウルも払っておきながらレンタル――つまるところは使い捨て。だとしても、これならば絶対に勝てるし、最高の買い物だ。ハーミスは確信していた。
頭の中に流れ込む使い方は、勝利への後押し。
偉大なる両足を地につけた佇まいは、絶対なる強さ。
いける。やれる。ハーミスはこれ以上ないくらいにやりと笑った。
「……十分だ。ラーニング完了、存分に使わせてもらうぞ!」
顧客の満足度数を知り、ちょっとだけ微笑んだキャリアーの白い顔を見ながら。
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