第18話 斬首
あの時と変わらない、細い瞳が、顔を上げたハーミスと合った。
絶対に抵抗などされない。その優越感が、ユーゴーの足を彼からどかした。
「お前さ、どうやって生き延びたんだ? あの時、谷底に蹴落としてやったはずだぜ」
「詰めが甘かったんだろ。とどめの一つでも刺しとくんだったな」
変わらないと思っているのは、ユーゴーくらいだ。まさか、あのハーミスからこんな口を利かれると思っていなかったのか、ユーゴーの眉間と額に、たちまち血管が浮き出る。
「……見た目は変わってねえが、口ぶりと中身は変わったな。昔のてめぇはもっと従順だった、俺達にもローラにも、そんな生意気は言わなかったよなァッ!」
ユーゴーの蹴りが、ハーミスの顎に直撃した。
縁を金素材で豪華に装飾された鎧は、何かしらの魔法的強化を付与されているのか。その一撃だけでハーミスは気を失いそうなほど、激しい痛みを感じた。
「ぐうッ!」
「ガウ、グルウウゥーッ!」
恩人を蹴り上げる光景を見て叫ぶルビーを無視して、更に顔を踏みつける。
ぐりぐりと顔を地に押し付けてから、足を離したユーゴーはもんどりうつハーミスの髪を掴んだ。そして反撃すら許さぬまま、ルビーの隣――村人達の前に転がした。
「聖伐隊の一部隊を倒したのもてめぇらだろうが、まあいい」
大量の聖伐隊隊員に囲まれ、抵抗すら許されない二人と村人達を鼻で笑いながら、ユーゴーは耳に装備した何かを押し込んで、誰かと話し始めた。
「……ローラ、首謀者を捕まえたぜ。聞いて驚け、ジュエイル村の反逆者はハーミスだ」
話し相手はローラだ。理屈はさっぱり不明だが、耳を覆うあの白い道具は、ここにいない誰かとの連絡を可能にしているらしい。聖伐隊の誰かが、開発したのだろうか。
「そうだ、あのハーミスだよ。どういう訳か昔の姿のまま、生きてやがったのさ。理屈は分からねえが、大方村長の野郎が庇ってやがったんだろうな……ああ、村の連中は俺達に従ってたが、あいつは違った。そうだ、あの時も今も変わらねえさ」
話している途中のユーゴーに反撃をしないようにする為か、隊員がハーミスとルビーを地面に圧しつけた。いくらドラゴンでも、五人がかりでは抵抗できないようだ。
「で、こいつの処遇だが……分かった。愛してるぜ、ローラ」
愛している、という言葉が世界で最も似合わない男は、ようやく話し終えたらしい。
これ以上ないくらい醜悪な笑顔を浮かべたユーゴーが、ハーミスの顔を座って覗き込む。彼は目を逸らしたが、顔を掴まれ、無理矢理ユーゴーと目を合わせさせられる。
「良かったな、ハーミス。俺の恋人、慈悲に満ちた聖女ローラは、てめぇとドラゴンを直ぐには殺さねえんだと。レギンリオルの聖伐隊本部に連れてこい、とさ」
ローラの後ろに付いていた男が、ローラの恋人とは。酷いジョークだ。
「……お前とローラが、恋人? 悪い冗談だぜ、そんなぐあッ!」
どうしても、ハーミスにはローラが本心でユーゴーと交際関係を築いているとは思えなかった。だが、本心をそのまま告げると、彼はハーミスの頬を殴り、立ち上がった。
「俺は誰よりもローラに尽くしてきたからな。彼女も俺の気持ちに気付いてくれたのさ。聖伐隊を結成する前に、彼女から俺に愛を囁いてくれたよ」
「勘違いだろ。恋人って書いて、どうぐって読むんじゃねえのか?」
「フン、そんな減らず口を叩いていられるのも今のうちだぜ。ドラゴンと一緒に、聖伐隊本部で地獄を見せてやる。あの時の仲間全員で、死んだ方がマシって思えるくらいにな」
「楽しみだな、そりゃ。それと、俺達が出てきたんだ。村長を解放しろよ」
ハーミスとしては、ユーゴーの夢物語に大した関心などなかった。ルビーも同様で、ここに来たのは双方を助ける為でもあるが、村長を解放させる為だ。
犠牲になるのは、自分達でいい。だからこそ、ハーミスは甘んじて現状を受け入れた。
「――は? お前、何言ってんだ?」
だが、ユーゴーの狂喜と愉悦に満ちた声が、ハーミスの希望を打ち砕いた。もしやとは思うが、その選択肢を選ぶとするならば、信じられないほどの非道と外道だ。
信じられないといったハーミスの顔に己の顔を寄せ、邪悪な聖騎士は嗤う。
「俺は、犠牲は最低限で済む、と言っただけだぜ? 誰も村の連中を助けるなんて言ってねえんだが、何を勘違いしてるんだ?」
「……まさか、やめろ!」
そして、ユーゴーは紛れもなくその両方だ。
「おい、俺の合図で全員の首を刎ねろ」
二人に背を向けた彼の行動に従って、残った村人と同じ数の隊員が、剣を抜いて、村人達の隣に立つ。一人に付き隊員が一人、剣を弱者の首の上に置き、姿勢を整える。
間違いなく、彼らは村人を皆殺しにする気だ。見せしめとして、無意味な死として。
「ふざけんじゃねえぞ、ユーゴー! やめろ、やめろぉーッ!」
「ムガ、ガアアァッ! グルウオォーッ!」
轡を嵌められても尚叫ぶルビーと、怒声を上げるハーミス。
意味のない死を押し付けられ、失望と絶望だけが村を包む。
絶望に打ちひしがれ、ただ俯く村人達の中で、村長だけが顔を上げ、二人に言った。
「…………ハーミス、ルビー、済まぬ」
か細い声の後。この世に正義はないと、諦めに至った声の後。
「――やれ」
聖騎士の命に従い、剣は全て振り下ろされた。
肉と骨が斬り落とされる音と、幾つかの首が地に落ちる、鈍い音がした。
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