暗がりと夕焼け

- 暗がりと夕焼け -

叶とは幼稚園の頃からの腐れ縁だった。そんな小さな頃から、特別に仲良しの女の子。叶は一言で言うと、なんというか地味で臆病な子だった。

あの頃の自分は〜なんて考えてみたけれど今とほぼ変わりないな。

活発で無駄に行動力があってよく笑っていた子、と幼稚園の先生からの認識があったはずだ

。叶はその時にできた友達。常に私の後ろに隠れては影のように離れようとしなかった。人一倍人見知りで無口で、泣き虫。

当時の私はそんな叶が物珍しくて手を引っ張りながら幼稚園中を冒険したものだ。


その頃はお互い『かなちゃん』やら『かえちゃん』なんて呼びあっていた気がする。私が連れ回した結果、叶の周りにも自然に友達が集まるようになった。私はそれがどうしても気に食わなくてまた無理やり叶を引っ張り回すのだ。


その頃にはもう好きになっていたんだと思う。友達としてでも、人としてでもない。一人の女性として、恋愛的な意味の好き。

恋人にしたい好き。その気持ちは小学生、中学生、高校生になっても変わることは無かったし、むしろ募りに募っていたはずだ。


だけど告白なんて出来るはずがなかった。私たちは女同士。親も世間も許してくれないだろう。それに、叶から気持ち悪いと拒絶されるのが死ぬほど嫌だった。そんな事になるなら真っ先に死んでやる。


そんなこともあってか、高校生の頃の私は自分の都合ばかりを優先していた。今考えるとなかなかにアホなことをしていたし、自分勝手だ。でもそうでもしないと自我を保っていられなかったんだと思う。


叶はあれでモテるのだ。無口だし愛想笑いの苦手な叶だが顔立ちは可愛らしく、むしろそんなクールな姿から清楚なイメージが強く当てられていたみたい。何も知らないくせに。私だけが叶のことを本当の意味で理解出来ていたはずなのに。


高校にあがってから私は叶を狙う男子に色目を使って叶からなるべく引き離した。そのおかげで影では私のことを『ビッチ』やら『誰にでも股を広げる奴』みたいな噂が流れていたらしいが別に否定する気にもなれない。

叶がいるならそれでいい。叶だけが私の全てだった。


それなのに、高校卒業前に事は起こった。


「楓…!私、好きな人が出来たの」


「え?」


本当に嬉しそうな顔で言うもんだから、昨日のアニメが面白かったとかそんな、たわいのない話だと思った。『私とはただの友達なのか』って何度も聞き返してしまいそうになる。表情に出そうになるのを必死にこらえては、悟られないために作った笑顔を貼り付けた。


「良かったじゃん」


叶の事が好きだよ。

そんなの言えるわけない。幸せそうな愛しの人を前にして空気読めないことして嫌われたくなかった。

私だけが感じる微妙な距離感。

止まったかのような時間。


隣を歩く叶の顔は想い人の事を考えているのかニヤついている。

私の気も知らないで。見ていられなくて歩く歩幅を縮めて表情を隠したのも、もう一年も前の話だ。

相手が女性だったと聞いて死ぬほど後悔した。


『じゃあ私でもいいじゃん』って。


最初は叶の隣にいられるだけで良かったのに、溢れる欲は留まることをしらない。その頃からだったか、私は埋まらない寂しさを何かで無理矢理詰め込むようにして前よりも他の人の体温を求めた。

叶は、思い切って髪を切り落とした私の気持ちなんて分からないでしょ?



『会いたい』


久しぶりに叶から送られてくるメッセージ。私のテンションを高めるにはそれだけで十分だった。

二階の窓から叶の家を覗いたが生憎カーテンが閉まっており中は伺えない。

すぐさまお気に入りの服に着替えて準備をする。一体どうしたのだろうか、なんて考えは浮かばなかった。ただただ叶から求められたことに嬉しく舞ってしまう。ドタドタと階段を一気に駆け下りてすぐさま家から飛び出した。横隣の叶のドアを勢いよく開ける、インターホンなんて押さずに。


「おばさん、こんにちは!上がらせてもらうね!」


「あ、楓ちゃん、久しぶりね〜」


叶のお母さんとの会話もそこそこに二階へ真っ先に向かう。叶の部屋のドアは閉まっていた。開けた広い部屋も真っ暗で一瞬、叶を見失う。


「…叶?どうしたの?」


「楓ぇ…」


そこで私は初めて後悔した。涙をしきりに流す叶を見つけて勝手に舞い上がっていた気分が一気に急降下する。その涙の理由を知ってしまったら、また私は傷ついちゃうんじゃないの?




「好きな人がよく分からんって、叶はその人と付き合っとったんやないん?」


「う、うん。そうなんやけど、そうじゃなくて…ええと」


目を泳がせて何やら言いにくそうにする叶に少しだけ腹が立った。


「私のこと本当に、好きなんかなって」


どうして私じゃなくてその人なのだろう。一番近いのは私だって思っていたし、叶をそんな風に泣かせたりしないのに。


「ねえ、こっち向いて」


叶の頬に手を伸ばす。そのまま交わらない視線を強制的にこちらに向かせた。

本当はキスしてやろうなんて。叶を奪い取ってやろうって考えてたのに。


「そんな顔されたら、できないって」


「…かえ、で?」


頬を染めた君の泣き顔が、あまりにも綺麗だったから。

手を伸ばしても届かないことに今更気づいてしまう。だけど触れられるこの距離は、私には眩しすぎた。私が見たかった叶の笑顔が思い出せない。


「もうっ!叶がそんなんでどうするん。そんなんじゃ見えてくるものも見えんよ?」


「でも、でも…私、怖くて。その人の本心を聞くのが怖い…!」


本当に好きな人だから──泣きながらそういう叶を今すぐにでも抱きしめたかった。


「叶が本気で好きになった人なんやろ?叶が信じてやらんかったら、本当に欲しいものも離れていっちゃうよ」


私が出来なかったことを素知らぬ振りをしてアドバイスする。これは私の本心から出る言葉ではない。わかっていた。だけど好きな人が幸せなら…それでもう十分でしょ?


「うっ、わぁ…やだぁ…怖いよう、楓…」


「よしよし、かなちゃんは昔から泣き虫なんやけ」


私に抱きつく叶の頭を撫でてやる。泣きすぎで体温の上がった叶の頭は溶けてしまうほどに熱かった。

お願い、時間を止めて。どれくらいの間そうしていたのだろう。涙でぐちゃぐちゃになりつつある服が羨ましかった。言いたい言葉を飲み込んで息を止める。


「私、頑張ってみる」


起き上がった叶の目は真っ赤に腫れていた。ああ、この涙を私が拭ってやれたら良かったのに。


「うん、応援しとるよ」


私は最後に嘘をついた。


私は長時間ここに居ていられなくてドアノブに手をかけ部屋から出ていく。

叶はきっと好きな人に逢いに行くのだろう。そして告げるのだ。『貴方が好きです』と。

私の陰に隠れていたあの頃の叶はもういない。いつの間にか私よりも前身していた。

どこかで聞いたことのある歌が頭の中で流れる。

『痛みの数だけ強くなれるっていうなら、あと何回泣けばいいんですか?』


「ばいばい」


心の暗い奥底に隠しておいた涙が目から溢れそうになる。いけないな、諦めないと。

気がついた時には近くの河原で大の字になって寝転がっていた。失恋ってこんな感じなのかな。いやまだ始まってすらいないのだけれど。


この時期の夕焼けはとても綺麗だ。見上げた空はどこまでも澄んでいて溶けて消えてしまいそう。


「あー、私も透けて消えちゃいてー」


「あら、何かあったの?」


「え、誰!?」


ただの独り言だった。誰にも聞かれていないと思い込み一人で嘲笑していたのに。誰だこの美人。夕焼けで綺麗に染っている髪は美しい金色だった。歳は五つくらい上だろうか?豊満なボディを出し惜しみせず全面に推している。


「驚かせちゃってごめんなさい。悲しそうに黄昏てる少女が見えたから」


「少女って…私、大学生ですけど」


「じゃあ私の妹と同じね。ふふ、そんな拗ねないで?」


まあこのお姉さんからしたら誰でも子供みたいなものか。というか初めて会ったのに何だこの馴れ馴れしさ。

今は一人で泣きたい気分なんですけど…


「お隣いい?」


いいですよ、という前に陣取られる。自分勝手だなぁもう。

なんだかわざとこちらのペースを崩されているようだった。


「この場所って失恋した時にはピッタリよね」


「…私、振られたなんて言いました?」


「言ってないわ。でも顔に書いてあるもの」


ぺたぺたと自分の顔を触る。…書いてないよね?


「私も貴方みたいな年齢の頃はね…」


「あ、大丈夫です。長くなりそうなので」


「ちょっとぉ!先輩の失敗談は聞いとくものよ?」


「もうなんなんですか」


笑いを堪えきれずに口から空気が漏れる。さっきまで泣きそうだったのになぁ。変なお姉さんのせいで感情がバラバラだ。


「やっと笑ってくれた」


こちらに向かうお姉さんは夕焼けをバックに微笑んでいた。それがやっぱり綺麗で、一筋だけ涙がこぼれてしまう。


「こんな日は飲むに限るわ!ほらお姉さんが付いてってあげるから行きましょ?」


「それお姉さんが飲みたいだけでしょ?あと私、未成年」


「あちゃ、未成年に手を出しちゃったか…」


「まだ出されてません」


叶わぬ片方向の赤い糸はいつか解け、また新しい出会いと結びつくのだろう。

今はまだ叶の事が好きだけど、いつかそれもいい思い出だと言える日が来たらいいな。そう思う。

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