R3-3 大魔導師

 ちさめの心臓の鼓動は、爆速で16ビートを刻んでいた。敵の攻撃に戸惑い、狼狽えていた所にファグが助けてくれた。いや、それは二の次三の次。抱き締めてくれたのだ。今大事なのはその事だ。お陰でちさめはろっこよりも更に大量の汗をかいていた。


(近い。近すぎますわ。ファグさんの心臓の音が、バスドラみたいに聴こえますわ)


 ファグの落ち着いた心臓の音に、高鳴る自分の16ビートの心臓の音を合わせてしまう。まるで、2人で1つのドラムセットになってしまったようだ。そんな事を考え出してしまい、荒谷 ちさめは既に卒倒寸前であった。


「ちさめちゃん、怪我はないかい?」


 ファグに問いかけられても、ちさめは何も答える事が出来なかった。自分の身体の無事も、アクネンの事も、どうでもよくなってしまった。あの窮地を救ってくれた事もさる事ながら、自分を抱き締めてくれた。その事実がちさめの中で無限ループしている。


「ファグさーん、ちさめちゃーん、大丈夫ー?」


 そこへ現実に引き戻す不快な声。ろっこが近寄ってきたため、ちさめは慌てつつも状況を確認する。敵がいる。ファグに抱き締められた。ろっこが邪魔した。今の状況はそれだけだ。


「あぁ、無事だよ。ちさめちゃんも、怪我はないみたいだ」


 ファグはいつもと変わらぬ表情でそう述べた。


「あんた。やっぱり魔法使えるのね?」


 ガーベラの言葉にファグは笑顔で肯定する。ろっこは、ファグが魔法を使えるなんて事は知らず、その事実に驚いていた。ギターを初めとした楽器に詳しいだけでなく、魔法も使えてしまうのだ。アクネンのあの木の葉の攻撃を容易く防御してしまった。やはり、この人は只者ではないと改めて痛感した。


「俺が障壁を張るよ。その中なら周囲の人間にも見えないから、そこで変身するといい」


 そう言うと、ファグを中心にして、周囲とは隔離された空間が出来上がる。ろっこは力強く頷き、ちさめは戸惑いながらも頷く。そして、2人ともソフトケースからギターを出す。


「響け! わたしの魂!」


はしれ! あたくしの血潮!」


 ピンクの魔法少女衣装に身を包んだろっこ、オレンジと赤の魔法少女衣装に身を包んだちさめ。その姿を確認したファグは障壁を解除する。

 問題の樹木アクネンは、ろっこ達には気付かず、周囲を暴れ回り、人々を襲っていた。


「出たか、魔法少女マギロク」


 頭上から声がする。先日会ったあのチュロが、以前と同様にチュロスを片手に歩道橋の上に座っていた。


「あー! チュロスください!」


「やだー。べーっ!」


 チュロは舌を出して拒否した。


「あれが悪音アクネか。実際に会うのは初めてだけど、なるほど、悪そうだねー」


 ファグはポケットに手を入れたままチュロを見上げていた。


「なんだ、お前? 何者?」


 チュロはファグの存在を知らなかったらしく、その様子はどこか戸惑っている。


「ただの楽器職人さ」


 笑顔でそう名乗ったファグを、チュロは笑い飛ばす。


「楽器職人だってぇー? クハハハハッ! 魔法少女でもない人間なんか敵じゃないね」


 そう言って笑い続けるチュロを、更にファグが涼しい笑みで見る。


「今日は俺がいるからね。残念だけど、あのアクネンはそんなに長くない」


 そう言ったファグを見て、チュロの顔から笑顔が消える。小さく舌打ちをし、暴れ狂う樹木アクネンの近くへと飛んで行った。


「ファグさん、ファグさんも協力してくれるの?」


 2人のやりとりを聞いていたろっこが問いかけると、ファグは頷く。


「俺も現場に居合わせちゃったからね……あまり気乗りはしないけど。相棒を出すのは何年ぶりかな。たまには使ってあげないと」


 そう言って、ファグは自身の前に手を伸ばす。その手から光が溢れ、やがてその光が横に伸びる。


「何これ何これー!?」


「何ですのこれは!? あたくし達のギターとは違いますわ!」


 ろっこもちさめも、ファグが出した物を見て驚いていた。

 それは、笛だった。だが、大きい。ファグの背丈とさほど変わらぬ程の長さの大きな赤い笛だ。


「これが、俺の相棒、『ファゴット』だよ」


 木管楽器ファゴットである。それが、ファグの扱う楽器だ。それを見て、ろっこも思い出す。先程、楽器店でファグは管楽器が本職であると言っていた話を。


「すっごーい! こんな楽器、初めて見たよわたし! ファグさんも魔法少女だなんてビックリだよー!」


 ろっこは目を輝かせ、そのファゴットを上から下まで見ていく。初めて見る楽器。しかも、自分が知る笛よりも遥かに大きい。


「ろっこちゃん、どこからどう見ても俺は『少女』じゃないだろ? さ、手早く片付けよう。被害が広まらないうちに」


 ろっこがファグのファゴットに見蕩れていると、ファグはその大きな笛を宙に浮かばせて、飛び乗る。ろっこ達の準備も待たずに、ひゅんっと飛び立ってしまった。


「あ、ファグさん、お待ちくださいませ! あたくしもお供しますわ!」


 ちさめが慌ててワーロックに乗ってファグを追いかける。ろっこはというと、相変わらずのムスタングにまたがるスタイル。じたばたしながらも、2人の後を追うように飛び立った。

 空を飛びながらも、ろっこは眼下を見下ろす。人々は怯え、逃げ惑っている。中には怪我をし、その場から動けずにいる人もいる。

 せっかくの休日であるのに、悲しい思いをする人が、こんなにもいていいのだろうか。そんな訳はない。魔法少女である自分達が、街の平和を守らなければならないのだと、固く誓った。


「許さない! こんなひどい事をする、あなた達を許さないからー!」


 ろっこは叫びながら加速し、ちさめもファグも追い抜いていく。その先には、樹木アクネン、そしてチュロもいる。


「あ、ろっこちゃん、落ち着いて!」


 ファグが注意をするが、突き進むろっこにその言葉は届かない。木の葉の刃を撒き散らす樹木アクネンに向かって、全速力で飛び、ムスタングを両手で持って真上から振り下ろす。


「キシャーッ!」


 だが、樹木アクネンは急接近したろっこに素早く気付き、枝をニョキニョキ伸ばしてろっこのムスタングをガードした。


「ほわちょちょちょちょー!? ちょっと待ってー!?」


 自分の攻撃が防がれる事を想定していなかったろっこは、宙で足をバタつかせて慌てる。樹木アクネンは、そのろっこに向かってまた新たな枝を伸ばし、鞭のようにしならせてろっこを薙ぎ払った。


「いったー! ふげっ! ぶがっちょーん!?」


 樹木アクネンのカウンターを食らったろっこは、道路に打ち付けられ、更に避難しようと爆走していた車にねられ、三回転ムーンサルトを決めてから、川に頭から突っ込んだ。


「ほえーん。びしょびしょー。でも、暑かったから気持ちいいー」


 川から顔を出してろっこは泣きながら笑っていた。


「全く、本当ドジですわね。あんなアクネン、あたくしが、叩き割ってやりますわ!」


 ろっこを侮蔑し、ちさめが勇ましく飛び進む。今が好機なのだ。ファグが近くで見ているのだ。ここで自分の優秀さをアピールし、自分こそがファグの一番弟子に相応しいと証明してみせる。そう考え、ちさめはいつもに増して気合いが入っていた。


「おらおらぁー! あたくしこそが、真のマギロクですわよおらー!」


『ギュララディーリラディダダダーン!』


 ちさめはワーロックに乗りながらも、足に纏った魔力によってギターを演奏し、黒い音の銃弾を飛ばした。無数に連射される音の銃弾が、樹木アクネンの木の葉を次々に破壊し、あの長い枝も傷付けていく。


「フッ。あのクソ間抜けろっことは格が違うんですのよ!」


 大人しくなった樹木アクネンを見下ろし、ちさめは吐き捨てるように言った。


 だが、樹木アクネンのボディは硬かった。ちさめの銃弾を受けても、その太いみきにはあまり傷がついていない。

 攻撃してきたちさめに対し、怒りの眼差しを向ける。そして、再び無数の木の葉を飛ばす。否、それは木の葉ではなかった。


「セ、セミぃー!? い、いやですわぁー!」


 樹木アクネンが飛ばしたのは、セミであった。どうやら今回のアクネンは、樹木とセミがセットになっているタイプのようだ。

 宙を飛ぶちさめに、無数のセミが襲いかかり、ちさめは虫が嫌なのか翻弄されていた。


「ちさめちゃん! 今、助けるからねー!」


 そこへろっこがムスタングに跨って飛んできた。ろっこに虫は効かない。セミなど怖くない。ちさめの前で格好つけるのは今しかないと判断し、ろっこは颯爽とちさめを助けにきた。


「ほわちょえーい!」


『ギュルルギィーン!』


 ギターに跨りながらも上手くコードを弾き、クルクルと横回転しながらセミの集団を一掃する。その筈だった。


『ミィーミンミンミイィーン!』


 従来のセミとは比較にならない程、けたたましく鳴き声を上げたかと思うと、そのセミ達は燃え出した。燃えるセミが空間を引き裂くように飛び交い、ろっことちさめを襲う。


「ほわっちっちっちょーん!? 燃えるなんてずるいよー!」


 空中でセミを避けながら叫ぶろっこだったが、衣装の端が燃え始める。

 体勢を建て直したちさめも、音の銃弾を飛ばすが、素早いセミに銃弾を当てるのは至難であった。


「やれやれ。2人とも、まだまだだねー」


 暫し2人の様子を見守っていたファグが声を上げ、ちさめは敏感にそちらを向く。ファグは、宙に浮かびながらも、あの大きな笛、ファゴットを構えていた。


『フォーブオー、トゥットゥッポー!』


 心地よい、伸びやかな低音が鳴り響き渡る。


 そして、ろっことちさめは目の前の光景に目を見開いて固まった。

 津波だ。一瞬で出現した津波が、瞬く間に周囲を包み込み、ろっことちさめも飲まれていく。だが、決して流される事はない。それどころか、水によって燃えていた衣装は鎮火される。

 ファグが出現させた津波は、樹木アクネンの木の葉も、セミも全て一掃する。無論、街に被害を及ぼす事もない。街そのものを避けるように水は流れる。

 そして、流れ行く大量の水はやがて凝縮されるように一点に向かう。あの樹木アクネンのもとへと。


「モッキー!?」


 あの巨木が、空高く飛ばされた。周囲には、水一滴たりとも残っていない。


「なん、だ? 今のは、何なんだよ!」


 声を荒らげたのはあのチュロである。近くの空に浮かんでいたあの悪音アクネの女が、顔を歪めて動転していた。

 チュロだけではない。ろっこも、ちさめも目の当たりにしたその一瞬の出来事を信じる事が出来なかった。


「何って、音楽と魔法の力さ。君とは見てきた物が違うんだ。俺は、世界を見て、感じてきた。それを、音と魔法に乗せたんだ」


 ファグは空中でファゴットの上で足を組み、優雅に座りながらそう言った。


「ファグさん、しゅごいしゅごいしゅっごーい!」


 そこへ目を輝かせながらろっこがやってきた。


「ファグ様ー! あたくし、感動いたしました! どうかあたくしを一番弟子にしてくださいませ!」


 そのろっこを払い除けて、ちさめがやってくる。


「ははは。まだ序の口さ。そろそろあのアクネンが落ちてくる頃だ。下がってて」


 ファグはそう言い、再びファゴットを構える。


『プッピッパピピピッピィー!』


 先程とは違う、軽やかな高音のメロディー。すると、そのファゴットの先端から大きな刃が出現する。それは、あたかも薙刀のようである。ファゴなたである。

 ファゴ刀を片手にファグは飛翔する。その先には、落下してくるあの樹木アクネン。ファグを脅威と見なした樹木アクネンは、無数の枝を槍のようにして伸ばしてきた。


「斬らせてもらう。悪く思わないでくれよ」


 そう言って、ファグはファゴ刀を横に振った。


『フォン! フォンフォンフォン!』


 たった1回ファゴ刀を振っただけなのに、何度も音が鳴った。刃が音となり、音は広がって更に新たな刃となったのだ。

 樹木アクネンのあの無数の枝は全て粉々に切り刻まれていた。


「キッキッキーッ!?」


 枝を失い、幹のみになった樹木アクネンは驚愕していた。


「まだまだだよ。みんなを困らせたんだ。それ相応の罰は受けてもらおう」


 ファグがそう言うと、辺りは一瞬にして夜になっていた。


「ほわっ!? なになに!? どゆこと!?」


 眼下で戸惑っているろっこを目にして笑い、ファグは再びファゴットを吹く。


『パッパッタララターピティーブポーポー!』


 ファゴットから放たれた美しく軽快な音。その大きな笛から、大量の砲弾が弾け飛ぶように放たれた。


『ドッパァーン! パーンッ! ババパァーン! パララァ!』


 それは花火であった。昼間に発生した夜空、その大きなキャンバスを、色とりどり鮮やかに描く夏の花火である。

 アクネンの出現に怯え、避難していたミズイロの住民達も、突然の花火を目の当たりにし、呆気に取られていた。だが、それが害のない物だとすぐにわかった。なぜなら、ファグの陽気なファゴットの音色が、祭囃子のように鳴り続けていたからだ。

 住民達は、みな突然のお祭りに笑いが止まらなくなってしまう。平和な祭りが始まったのだと、心から安心出来たのだ。


 ろっこの胸は高揚感て満たされ、はち切れそうだった。敵を容赦なく攻撃するファグはすごい。だが、それ以上に、これ程までに素敵な音楽を奏で、人々に笑顔を与えてしまうのだ。正に、音楽と魔法の力なのだ。


 ちさめもまた、胸がはち切れそうになっていた。敵を倒す事だけでなく、多くの人々に一時の幸せを与えるという、その観点の偉大さ。自分の想い人が、これ程までに器が大きい事に、ちさめは打ちひしがれていた。


「ファグさん、あたくしは、あなたが好きです」


 夜空で笛を奏でるファグを見つめ、桃色に染まったちさめの頬に一筋の涙が伝う。



「さ、ろっこちゃん。後は任せたよ」


 夜空で花火が咲き続けるなか、ファグはろっこのもとへとやって来てそう言う。樹木アクネンは、花火の直撃を受け続け、既にボロボロである。


「え? ファグさん、このまま倒せないんですか?」


 ろっこが問いかけると、ファグはばつが悪そうに頭を掻く。


「俺には、この世界の魔物を倒す事は出来ないんだ。アクネンは、君達、魔法少女マギロクにしか倒せないんだよ」


 ファグがそう言うと、ろっこは少しぽかんとしていたが、意味を理解したのか、笑みを浮かべて樹木アクネンのもとへと勢いよく飛び立つ。


「この世界は君が救うんだ。俺の、最強の弟子、ろっこちゃん」


 夜空を飛ぶろっこの背に向け、ファグは呟いた。


「さぁ、フィナーレだよ! 覚悟しなさい!」


 樹木アクネンを目前にし、ろっこは威勢よくそう告げる。そのろっこの傍らにガーベラも浮かぶ。


「ファグはとんでもない魔導師ね。ろっこ、最後はあんたがぶちかましちゃいなさい!」


「うん! 任せて!」


 そう言って、ろっこは跨っていたムスタングを構える。魔法の光に包まれ、それだけでもろっこの身体は空に浮かぶ。


『ディッギギィッギガリラギガーッ!』


 ろっこを包む光がさらに眩く広がり、その光はムスタングへと吸い込まれていく。


「マギロック・ブリリアント・ロアー!」


「モキモキモッキー!? キィー……」


 眩い光と轟音がろっこのムスタングから放たれ、樹木アクネンは夜空と同化するように消えていった。

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まほろっこ よんそん @yon4444

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