Rock 3 The Girl falls in Love

R3-1 トキメキ

「ファグさーん! 大変大変たいへーん!」


 大慌てでろっこはアトリエ「カシミール」に突撃していた。おかげでドアは破壊されてしまった。


「やぁ、ろっこちゃん。どうしたんだい? ドアをぶち壊す程そんなに慌てて?」


 アトリエのドアを破壊されたにもかかわらず、ファグは涼しい顔で問い質す。そんな、休日の昼下がりである。平和なのである。


「ギターが! ムスタングが、壊れちゃったんだよー!」


 ドアだけでなく、ギターまで破壊してしまったとは、ろっこは物を壊してばかりである。このままではこのミズイロの街も破壊し、悪の道まっしぐらな魔法少女だ。


「え、壊れちゃったの? 見せて?」


「うん、はい」


 返事をしたろっこは背負っていたソフトケースからムスタングを出す。一見壊れた箇所は見当たらない。


「ん? あー、弦が切れちゃったんだね」


「そう! 切れちゃったの! どうしよー!」


 そう言ったろっこは泣いていた。日曜日、学校が休みという事もあり、ろっこは張り切ってギターを練習していた。だが、張り切り過ぎたためか、ギターの弦を1本切ってしまったのだ。


「大丈夫、壊れてないよ。弦が切れるのはよくある事。むしろ、頑張ってる証拠さ。貸してごらん。確か、ソフトケースに予備の弦が入っていたよね?」


 ムスタングを受け取ったファグは作業台にそのギターを置く。


「はい、ありました。弦です。先生、それでは、手術を始めましょう」


 いつになく真剣な面持ちになってろっこは予備の弦を渡した。


「うん。これからはろっこちゃんが自分で手術しなくちゃいけないから、ちゃんと見て覚えるんだよ?」


「ほわちょー! はい! がんばる!」


 ファグは慣れた手つきで切れた弦を外し、新しい弦を通していく。


「このペグを回して弦を張るんだけど、弦をピンと張らずに、少し緩めにしてから回すんだ。回す向きも間違えないようにね。余った弦はちゃんと切る。はい、これで手術終了!」


 手術は無事1分で終わった。


「すごーい! なおったなおった!」


「まったくもー! だから言ったじゃない! 大した事ないって!」


 ガーベラはなぜか誇らしげに言ったが、彼女も弦の張り替えを知らなかったようだ。


「コードの練習は順調かい?」


「あ、コード! あのね、Gコードが難しいの! 小指に力が入らないの!」


 ムスタングをろっこに返したファグが問うと、ろっこは興奮気味に語った。EとAのコードを教わった後、ろっこは追加で3つのコードを教わった。CとDとG。その内のGコードにろっこは苦戦しているようだ。


「ふふ。そうだね。でも小指の力を鍛える事は大事だから、めげずにそのままひたすら練習だ」


 微笑みながら言ったファグに対して、ろっこは元気よく「はい!」と返事をする。元気をいれすぎたためか、唾が弾け飛んだが、ファグももう慣れてしまったようだ。


「ファグさん、今日も練習付き合ってくれますか?」


 ろっこが訊ねると、ファグは少し考えてから口を開く。


「今は俺が教えるよりも、習った事をひたすら練習する方が大事だから、家でもできるさ。今日は休みだし、せっかくだから、買い物に行こうか。備品をもっと揃えた方がいいし」


 ファグの提案は衝撃的であった。なぜなら、ろっこもガーベラも、ファグは「引きこもり」だと思い込んでいたからだ。この人が本当に外を出歩くのかと、2人で困惑している。


「俺、何かおかしな事言ったかなぁ? レティー! ちょっと出かけてくるよー!」


 奥の部屋にいると思しきレティに声をかけて支度をしている。


「本当にファグさんとお買い物? わーい! なんだか、楽しみー!」


「あんた、絶対外に出ないと思ってたわよ」


 はしゃぐろっこと、未だ疑いの眼差しを注ぐガーベラ。


「失礼だなー、ガーちゃん。普段はここで作業してる事が多いけど、買い物くらい俺だって行くよ。さ、それじゃあ出発しようか」


「わーい! でっぱつー!」


 ろっこはムスタングをソフトケースに仕舞って背負い、ガーベラはそのろっこの背中に隠れてカシミールを後にした。

 そして、その数十分後に、壊れたアトリエのドアを目の当たりにしたレティが悲鳴を上げるのであった。


 ろっこ、ガーベラ、そしてファグはアトリエから徒歩10分で着く繁華街へとやってきた。以前、ろっこがレティにギターを買ってもらった楽器店とは別の店を目指しているようだ。ファグ個人の買い物もあるらしい。


「やっぱ日曜日だから人がいっぱいだねー」


 街を歩く人々を見ながらファグが言う。ミズイロの街でも、特に栄えているその場所は、多くの人々が行き交う。時折すれ違う人が、ギターを背負うろっこを、チラリと珍しそうに眺める。


「うん! それよりも、あっつい!」


 夏は、当然、暑い! 蝉がこれでもとばかり、「ジィージィー」と必死に鳴き、それが更に暑さを倍増させてる気にさえなってしまう。ほんの10分歩いただけで、ろっこはダラダラと汗を垂れ流し、早く涼しい店内に避難したくなっていた。

 対して、この炎天下でもファグは涼しい顔をしている。


「あんた、なんで暑そうじゃないのよ……そんな、なまっちろい肌してる癖に!」


 ろっこの肩からぴょこっと顔を出したガーベラが声を荒らげる。確かにファグは色白で、夏の暑さで倒れてしまいそうな見た目である。服もいつもと変わらない、白い麻のシャツ。ボトムスは緑の短パンである。


「俺は、これでも健康だからね。精霊も夏の暑さに弱いとは驚きだねー」


 ファグはそう言って、ガーベラをせせら笑っている。


「キーッ! むっかつくわねこの優男が! あー、あてぃしアイス食べたーい」


 そう言ってぐったりとしたガーベラにろっこも頷く。


「わたしも食べたい。でも、先にお買い物済ませてからだね」


 汗をダラダラと流しながらも、ろっこは自分の目的を見失っていなかった。ろっこは変わったのだ。成長したのだ。耐える事を学んだのだ。今のろっこは、目付きが違う。


「ろっこちゃん! 赤信号だよ!」


 ファグが慌てて声を上げ、ろっこは口をぽかんと開けて止まる。


「ほわげっちょんがー!?」


 目付きが狂い、信号が目に入ってなかったろっこは、奇声を発しながら走る車を間一髪回避。だが、後ろに倒れてそのまま後方にゴロゴロと転がり、「ゴォン」と音を立てて街路樹に激突した。

 駄目だ。やはりろっこは何も変わっていなかった。まるで成長していなかった。今や目も死んでいる。


「ふー。危なかった。咄嗟にムスタングを奪い取って正解だった」


 無表情で言ったファグがろっこのムスタングを持っていた。ギターが無事で何よりである。


「って、ファグさーん!? わたしよりもムスタングが大事なのー!?」


「あ、当たり前だよ! ギターは大事だ! ろっこちゃんは、ほら、頑丈だしさ」


 ファグは珍しく狼狽えていた。ギターを愛する、その職人の心は尊敬に値する。


「うっ……うん! ムスタング守ってくれてありがとう!」


 ろっこの開き直りは早かった。駆け寄ってムスタングをファグから受け取り、青信号になった横断歩道を渡る。



「わーっ、やっと涼しいとこ来たー!」


 目的地である複合型施設に到着し、涼を得たろっこは半死状態から復活する。

 ミズイロの街に存在するその施設にはあらゆるショップが揃っており、買い物を済ますにも便利なため、多くの買い物客が訪れる。エントランスホールには涼しげな噴水もあり、人々に安らぎを与える。


「倒れなくてよかったね。楽器屋は確か6階だったかな」


 ろっこ達はエスカレーターに乗って6階を目指す。


「すごい人だわね。どこも人だらけよ」


 ろっこの背後からチラチラ周囲を見渡しながらガーベラが言う。精霊にとっては、この賑やかな光景が珍しいのだろう。


「ガーちゃん、迷子にならないようにちゃんと掴まっててよ?」


「あんたみたいなヘマ、あてぃしがする訳ないでしょ! ろっここそ気をつけなさいよ!」


 その言葉を聞いて、ろっこは小馬鹿にするようにけらけらと笑う。中学生にもなって迷子など洒落にならないだろう。


「着いた。やっぱりここは広いねー」


 目的の6階に到着し、目の前の広い楽器屋を見てファグは感嘆の声をあげる。複合型施設内の店舗でありながらも、様々な楽器を取り扱い、修理やスタジオレンタル等あらゆるニーズに対応している店のようだ。


「すごーい! わたし、ここ来るの初めてだから、わくわくー!」


 ろっこは駆け足気味に楽器店へと入る。店頭にはピアノ、キーボード、エレクトーンなどの鍵盤楽器がずらりと並んでいる。


「管楽器の品揃えもいいねー。このサックス、さぞいい音色がするんだろうなー」


 店内に入って少し行った所で、ショーケースに並べられた管楽器を見てファグが言った。どこか嬉しそうにその目は輝いている。


「吹奏楽で使うやつ! ファグさん、管楽器にも詳しいの?」


「うん。元々、こっちが本職なんだ」


 ろっこの質問に答えながらも、ファグはショーケース内の管楽器に見蕩れていた。その解答にはろっこも驚いている。管楽器の方が本職である事も意外だが、それでもギターに詳しく、自分で製作してしまう程だ。やはり、ファグはすごい人なんだと、感心していた。


「確か、チューナーも持ってなかったね」


 管楽器を一通り見て満足したファグは、歩きながらそう言い、チューナーがある売り場へとやってくる。


「ちゅーなー? なにそれ?」


 ろっこはチューナーも知らなかった。


「うん。ギターの音を調整するものだよ。ギターは自然にピッチがずれちゃうんだ。だから、弾く前にそれを調整しなくちゃいけないんだよ」


 そう説明され、ろっこはファグが手に取ったチューナーを見て不思議そうにする。


「これで音を調整できるの?」


「うん、音叉もあるけど、ろっこちゃんには無理だから、簡単で手頃なこれにしよう。これをシールドで繋げて弦を弾くと、デジタルの針が動いて音のズレを教えてくれるんだ」


 手のひらサイズのチューナーを手に取って説明したファグの言葉を聞き、あまりピンとは来なかったものの、ろっこは声を唸らせて感心する。


「それと、ギターの手入れをするクロスとオイルも買っといた方がいいね」


「そうよ、ろっこ。ちゃんと、ムスタング磨かないとダメなんだじぇい?」


 ファグの提案にガーベラが便乗して言葉を発した。ろっこも、いつもお世話になっているムスタングを磨いて感謝の気持ちを伝えるべきだと、改めて感じた。

 また、ろっこはギタースタンドも持っていなかったため、手頃な物をファグが選ぶ。


「わー! ピックってこんなにあるんだー! これ、可愛い!」


 ピックが置かれた平台を前にし、ろっこは楽しそうにする。


「厚みとか形が違うから、いくつか買って、自分が弾きやすいのを探すといいよ。俺は…~柔らかいピックを、おすすめするけど」


 ファグはそう言ってくれたが、その顔色が少し悪い。


「ごめん! ろっこちゃん! 俺、ちょっとトイレ! お金、渡すからお会計済ませといて!」


 青木まりこ現象! 本来、書店などで急激な尿意を催す現象だが、それがこの楽器屋で発生し、ファグはその危機と密かに戦っていたのだ。だが、それも限界に達し、ファグは駆け足でトイレに向かったのであった。

 そんなファグを憐れな眼差しで見送り、ろっこは会計を済ませる。そして、せっかく楽器屋に来た事もあり、ファグが帰ってくるまで楽器を眺める事にした。


「色んなギターがあるねー! ムスタングに似てるギターもある!」


 ずらりと並んだギターを前にし、ろっこはよだれを垂らしながら声を上げた。ろっことしては、ガーベラに語ったつもりだったが、周囲の人々はそんなろっこを怪訝そうに見る。

 店員も遠目から眺め、「もしや、どこかの楽器屋をよだれベトベトにした噂の女の子? まさかな」などと思っていたが、そのまさかの女の子がろっこである。ろっこのあの「よだれ事件」は密かに都市伝説になりつつあった。


「ギターがいっぱいだわね。みんないい顔してるじゃない」


 ギターの精霊であるガーベラには、ギターの顔がわかるようだ。


「うん! みんな、にっこにこだね! あのギター可愛いなー。あ、このギター、弦がいっぱい! 12本もある!」


 ろっこにもギターの顔がわかるらしい。本当にわかっているのかどうかは疑わしいが。

 ガーベラと共に様々なギターを眺めて、ろっこはギターにときめいていた。自分のムスタング以外にも、これ程までに多種多様なギターが存在する事を知り、ろっこはまた更にギターが好きになったのだ。


「ギターって、やっぱりいいなー。どれもこれも、輝いて見えるー……わっ、ぶつかっちゃった! ごめんなさい!」


 ギターに見蕩れて横歩きしていたろっこは他の客にぶっかってしまい、慌てて頭を下げる。


「あ、いえ、こちらこそごめんなさい! ギターに見蕩れてしまっていましたわ……って、てめぇはクソメスガキろっこ!」


 なんと、相手は荒谷 ちさめであった。


「ちさめちゃん!? 偶然だー! ちさめちゃんもお買い物ー?」


「そうですわよ。なに、友達面して話してるのですかこのど素人! てめぇなんかギター見てもわからねぇでございましょうよ!」


 店内であるにも拘わらず、ちさめはろっこに罵声を浴びせる。

 あれから、ろっこは毎日学校でちさめに突撃しているのだが、その度に無視されたり、蹴られたり、投げられたり、ジャーマンスープレックスを食らわされたりと、以前にも増して嫌われているようだ。


「うぅー、確かにわたし、まだ始めたばかりだけど、がんばってるし、ギター見るの楽しいんだもん。スラッシュ・メタル、聴いたよ? かっこいいよね!」


 半べそをかきながらろっこは言ったが、そんな彼女を見てフンと鼻を鳴らしながらちさめは睨む。


「アラアラ。泣けば、このあたくしが優しくするとでも? 甘ったれんなよ? スラッシュがかっけえのは当然でございます」


「うっ、うぅっ、わたし、ちさめちゃんと一緒にギター弾いてみたい。ちさめちゃんにもギター教わりたいよ。仲良く、したいよ」


 ろっこはついに周囲の目もはばからず泣き出した。だが、そんなろっこにもちさめは容赦ない。


「あたくしは嫌です。てめぇなんか拒否でございます。用事があるので帰りますね。さようなら」


 ちさめは背を向けてスタスタと歩き始めた。


「待ってよー、ちさめちゃーん」


 ろっこが呼びかけると、ちさめはより一層不機嫌そうにし、歩くペースを早めた。一刻も早くろっこと離れたかったのだろう。

 だが、焦りからか、ちさめは足元にあったギタースタンドに足が引っかかり、体勢を崩した。


「きゃっ!?」


 身体のバランスを崩し、ちさめは半回転して背中から倒れていく。気が動転していたちさめは、為す術がなかった。


「おっと。危ない危ない」


 そこへ、偶然にもトイレから無事生還したファグが居合わせ、ちさめの背後から彼女の身体を受け止めていた。


「お嬢さん、大丈夫かい?」


「あっ……あっ、あっ……トゥンク」


 この日、荒谷 ちさめは、ファグにトゥンクしてしまった。

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