R2-3 血の雨

「あの人、なんか、変だよ……何を言ってるんだろ?」


 ろっこは震えながらそう呟いた。


「あれは、あいつは! ろっこ、気をつけなさい! あれは、悪音アクネよ!」


 今まで息を潜めていたガーベラが声を荒らげた。その声に気付き、赤髪、薄緑色の肌の女がろっこ達に気付く。


「おや? そこにいるのは、精霊だね。となると、あんた、魔法少女? もしかして、昨日の新人?」


 女はそう言った。黒いパーカーの下には黒のTシャツ。ひらひらとした黒いミニスカートに、黒のニーハイ、厚底ブーツと、ファッションにも拘りがあるようだ。


「え? あの人が悪音アクネなの? はい、わたし、新人魔法少女の三日月 ろっこです! よろしくお願いします!」


 そう名乗ったろっこの頭をガーベラが透かさず殴る。


「何を丁寧に自己紹介してんのよ! あいつは敵なのよ!? アクネンを生み出したのもあいつ!」


「そうなの!? で、でも、挨拶は大事!」


 そんなろっこを見てガーベラは頭を抱える。だが、そのガーベラとは対照的に、悪音アクネの女は笑い声をあげる。


「獲物を見つけたと思ったら、まさかあの新人マギロクに会えるとはねー! しかも、とんだお気楽間抜け娘だ! 可笑しいったらありゃしない!」


 そう言った後も笑い続ける。


「三日月 ろっこ。私は、悪音アクネのチュロだ」


 そう名乗り、チュロはどこからか長いチュロスを取り出して食べ始める。ろっこは思った。なんて美味しそうなチュロスなのだろう、と。頼めば1口分けてもらえるだろうかと、頭の中で考えていた。


「ろっこ、あんた、よだれ! ほんと、口元緩いわね!」


 ガーベラに言われてろっこは慌ててよだれを啜る。


「しまった。チュロさん、あなた、そのチュロス分けてくれませんか!? 違った! なんでこんな所でチュロス食べてるんですか!?」


 結局口に出してしまった。訂正した質問もどこかずれている。


「これ? うーん、やーだよー! あげなーい!」


「ほわえーん、意地悪だー! え、それ、何ですか? 何してるんですか?」


 チュロと会話をしながらも、ろっこは異変に気付いた。チュロは右手にチュロスを持っている。そして左手には、先程いた男性の会社員が捨てた空き缶。その空き缶が、黒い瘴気に包まれていく。

 次第に、ごうんごうんと缶からは到底発せられない音を発しながら、宙に浮き始める。


「あー、こっち? 当然、アクネンを作ってるに決まってるじゃん。ちょうど、目の前にマギロクもいるしね」


 そう言って、チュロはろっこを真っ直ぐに見詰めながら笑みを浮かべる。


「そんな、あなたはまた魔物を作る気なの? また、このミズイロの街を破壊しようとするの?」


 ろっこは怯え、声を震わせながら問いかけた。


「そうだよ? 悪い?」


 チュロは悪びれもせずに言う。自分の行為が日課であり、その行為に罪悪感など一切ない事がひしひしと伝わる。

 そのチュロをガーベラが、キッと睨む。


「この街には沢山の人間が暮らしているのよ! あんた、なんでそんな事するのよ! あんた達、悪音アクネの目的は一体何なのよ!」


 怒りを込めて言ったガーベラの言葉を、チュロは嘲笑う。その間にも空き缶を包む瘴気はどんどん膨れ上がる。


「1つ、何も知らない人間共に分からせてやるためさ。この世の汚い物をね。幸せな思いばかりしてる奴なんて、クソでしょ? 不公平って奴さ。1つ、あんた達魔法少女マギロクを虐めるのが楽しいんだよねー、私ら悪音アクネにとっちゃさ」


 そう言った後に、チュロは腹を抱えて笑い声を上げた。ろっこは、生まれて初めて見た異常な存在に、ただ怯え、困惑し続けていた。

 そして、チュロは更に「もう1つ」と左手の人差し指を立てる。


「これは、練習なのさ。お前だって、ギターの練習するんだろ? それと同じ、練習なのさ。私達、悪音アクネは、近い将来、地球に一斉襲撃をしかける。その来るべき運命の日に備えての、練習なのさ」


 チュロは、目を見開いてそう言った。その狂気溢れる表情と、今語った話の内容に、ろっこは恐怖でいたたまれなくなり、逃げ出したくなった。受け止めたくなかった。


「さぁ、それじゃあ、新しいアクネンの誕生だ!」


 チュロがそう言うと、宙に浮いていた空き缶は爆発的に瘴気を広げ、膨れ上がる。巨大化した空き缶は表面に亀裂が入り、折れ曲がって横に伸び、プロペラのような形になる。

 更に、缶の上からは瘴気が凝縮されて作られた黒い人型の上半身。その顔は怒りに満ちていた。まるで、この世の憎悪を背負い込むかのように。


「アハハハ! いいねいいね! 中々面白いアクネンが生まれた。さしずめ、『缶男』ってとこかな?」


 チュロは手を叩いて笑っている。「缶男」と呼ばれたアクネンは、下半身のプロペラを回して上昇し、ろっこを睨むように見下ろしている。


「あっ、ほわわ……な、なにこれ……? さっきの、おじさんが」


 ろっこは恐怖で頭がおかしくなりそうになり、逃げたくて仕方がなかった。だが、逃げようとした瞬間に背後から襲われたらどうしようかと考え、逃げ出す事もできなかった。


「ろっこ、しっかりしなさい! 大丈夫、あんたは魔法少女マギロクなのよ! あんなの、変身すれば敵じゃないじぇい!」


「う、うん……そうだよね、わたし、魔法少女なんだもんね……戦わなきゃ。がんばる!」


 ガーベラに喝を入れられ、ろっこは背負っていたソフトケースからムスタングを出し、ストラップを肩にかける。

 ろっこがムスタングを構え、気持ちを注ぐと、彼女の周りが光り輝く。


「響け! わたしの魂!」


『ギュルガガガギギィーン』


 ムスタングの轟音が響き、ろっこはその音に包まれる。三日月型の花びらがろっこの魔法少女衣装を形成していく。ピンクのショートジャケット、黒のインナートップス、ピンクと白のスカート、ピンクのブーツ、三日月型の髪飾りという組み合わせの衣装に身を包んだマギロクのろっこがそこにいた。


「やっぱり変身すると、ロックだじぇい! さぁ、ろっこ、いくじぇい!」


「うん! 変身すれば、わたし、何も怖くない!」


 魔法少女に変身したろっこに、先程の恐怖はなかった。勇ましく駆け出し、宙に浮かぶ缶男アクネンに向かって跳躍する。


「どんなアクネンだろうと、成敗しちゃうんだからー! てっやぁー!」


 跳び上がったろっこはムスタングを頭上に振りかぶる。

 だが、缶男はその黒い手から通常サイズの缶を出現させ、投げ飛ばしてきた。次々に連投される缶が宙にいるろっこへと襲いかかり、ろっこは戸惑い、勢いを失う。


「ほわちょんがー! うーっ、やっぱり怖いよー!」


 缶の連投を食らい、道路へと落とされたろっこは弱音を吐いた。やはり、魔法少女になっても臆病な所は治らない。


「ハハハ! なっさけない魔法少女だねー。私達の敵じゃないなー。さ、缶男、あいつを殺しちゃいなよ」


 チュロが言い放つと、缶男は再び缶を投げようとする。



 だがその時、チュロの背後にある曲がり角から人影が現れた。


「アラアラー。負の魔力が発生してたから来てみましたけど、またおめぇでございますかチュロ」


 曲がり角から現れた人影は、少女だった。オレンジ色の巻き髪をサイドテールにしている。


「え? え? ちさめちゃん!? ここは、危ないから逃げて!」


 放課後、ろっこと一緒にアイスを食べたあの荒谷 ちさめである。


「あ? クソガキろっこ!? なんで、こんな所にいやがるのよ!? しかも、てめぇも魔法少女でございますか!?」


 ろっこの姿に気付いた荒谷 ちさめは慌てている。


「おやー? もう1人の魔法少女も現れたかー。まぁ、いいや。お前も一緒に遊んでやるよ」


「え? ちょっと待って!? もう1人の魔法少女って!?」


 チュロの発言に狼狽して固まってていたろっこだが、そんな彼女を無視して、ちさめは背負っていたギターケースからギターを出す。

 ちさめが取り出したそのギターに、ろっこは目を奪われた。オレンジ色の激しい炎のような柄のそのギターは、禍々しいと言える程にいびつな形状をし、ヘッド部分はまるで悪魔の頭のようだった。


「あれはっ!? ワーロック!?」


 驚きの声を上げたガーベラに、ろっこは「それがギターの名前なの?」と、問いかけようと口を開きかけたが、それを轟音が遮る。ちさめがギターを弾いたのだ。


はしれ! あたくしの血潮!」


『ギッギャーリロリロディディガガー!』


 ちさめのワーロックが唸り声を上げ、オレンジ色の炎が尾を引いて彼女に纏わりつく。ちさめの身体に付着したそれは血液のようでもあり、次第に衣装へと形状を変える。

 胸元を露わにした赤とオレンジのノースリーブトップス。ボトムスはレイヤードスカートのようで、半分は赤いショート丈、もう半分はオレンジのロング丈になっており、開いた前部からは黒いショートパンツがチラリと見える。

 オレンジのショートブーツ。そして、頭には五芒星の髪飾り。


「あたくしが、お前らを、たたき殺してくれますわ」


 魔法少女へと変身を遂げたちさめは冷徹に言い放った。


「ほ、ほわちょちょえぇー!? ちさめちゃんが、魔法少女になっちゃったー!?」


 混乱したろっこはそこら中を駆け回っている。対して、ガーベラは微動だにしない。いや、固まってしまっている。精霊であるガーベラも驚きを隠せないのだ。なにせ、魔法少女になったちさめの近くには、彼女の精霊がいたからだ。それは、オレンジ色で、キツネのような見た目をしている。


「ネクロ、とっとと始末してやりましょ」


 ちさめが面倒くさそうに言い、彼女の傍らに浮かぶ精霊ネクロは頷く。

 魔法少女となったちさめは跳躍し、宙に浮かぶ缶男目掛け、ギター「ワーロック」を横から殴りつける。

 だが、缶男アクネンのプロペラ部が伸びてそれを防御する。


「ちっ、めんどくせぇですわね。おらぁ!」


 ちさめはそのままワーロックを振り切り、缶男アクネンから距離を取るように背後へと跳ぶ。


「カーン! カーン!」


 そのちさめ目掛け、缶男アクネンは鳴き声を発しながら缶を連投していく。


「ちさめちゃん、気をつけて!」


 ろっこは思わず声をかけてしまったが、ちさめはその言葉には反応せず、宙で逆さまの姿勢になりながらワーロックを構える。


『ドゥダダダダッ! ドゥダダダダッ!』


 ちさめのワーロックから発せられた重い音。その音1つ1つが黒い弾となり、飛んでいく。まるで、音の銃弾だとろっこは思った。音の銃弾は缶男アクネンが投げ飛ばした缶をことごとく撃ち落としていく。


「カカカッ!」


 ちさめの音の銃弾は缶男アクネンの上半身にも命中し、その缶男アクネンは奇妙な呻き声を発する。


「おらおら! こんなもんじゃあたくしの相手なんてできねぇですわよ!」


 缶男に接近したちさめは、缶男の脇腹を蹴り、更に奴の背をワーロックで殴打する。


『ギードゥルドゥルドゥッギー!』


 ワーロックから発する音は、ろっこのムスタングとはまるで違う荒々しさがある。その違いにろっこも驚いているようだ。


「なかなかやるね。缶男、もっと力を出せ!」


 いつの間にか近くの建物に座っていたチュロが命令する。すると、缶男アクネンのプロペラが高速回転を始める。


『ンガガガガーン!』


 缶男アクネンの雄叫びと共に、プロペラの中心下部から大量の缶が飛び出す。だが、先程の缶とは違い、黒い瘴気に包まれている。


「何度やろうが、ワンパターンすぎでございますわよ!」


 道路に降り立ったちさめは再び跳躍する。だが、その瞬間チュロがニヤリと笑ったのをろっこは見逃さなかった。


「ちさめちゃん、さっきとは違うよ!」


 ろっこの言葉など聞こえていないのか、ちさめは宙でワーロックのネック部分を両手で持って振り回す。だが。


『カーンッ! カーンッ!』


 宙を飛ぶ無数の缶から喧しい音が発生し、それぞれの缶は進行方向を変える。振り回されたちさめのワーロックを細かな動きで避け、それはちさめの身体に命中していく。


「うっがっ! くっそ!」


 無数の缶に攻撃されたちさめは近くの線路上に落下した。


「ちさめちゃん、大丈夫!?」


 柵を飛び越えてろっこは慌ててちさめに駆け寄る。


「うっせ、クソろっこ! あたくしに近付くんじゃねぇよ!」


 伸ばしたろっこの手を、ちさめは払い除けて立ち上がる。


「カカカーン!」


 そのろっことちさめ目掛け、あの缶男が下半身の缶部分から突撃してきた。プロペラ部を高速回転させている。あれに触れれば魔法少女とて、タダでは済まない。ズタズタに切り裂かれるだろう。


「ちぃっ!」


 なんとちさめは、ろっこを蹴り飛ばした。


「ほわっ!? ふげー!」


 ろっこは線路の上を転げていった。対してちさめは、上空から来た缶男アクネンをワーロックで受け止める。

 缶男アクネンの高速回転するプロペラと、ちさめのワーロックがぶつかり火花が散る。


「ちさめちゃん! うっ、うおー、ちさめちゃんを、いじめるなー!」


 そこへろっこが全速力で駆け戻る。ムスタングのネック部分を両手で持ち、下から振り上げる。


『ギャギャギャギャグラァン!』


 缶男のプロペラ部を受け止めていたちさめのワーロック、そこにろっこのムスタングが並ぶ。


「てっめぇ!?」


「吹っ飛べー!」


 驚いていたちさめをお構い無しに、彼女と並んだろっこはムスタングを振り切る。


「ンカッカーン!?」


 缶男アクネンは叫び声を上げて上空へ飛ばされた。

 だが、並んだろっこをちさめは睨む。


「余計な手出しすんな。あたくし1人でやれる」


 強みを帯びたちさめの言葉に、ろっこはたじろいでしまう。


「ごめん。でも、じっとしてられなかったんだよ!」


 ろっこはそう言って、頭を掻きながらはにかんだ。

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