EXTRA STORY 3.

「信じて……貰えますか?」

 縋るような彼女の言葉に、俺はちらりと横目で助手席に座る女を見た。

 彼女の髪は肩口からゆるやかな二つのお下げにまとめられている。髪質は良さそうだが、いかんせん長い間伸ばしっぱなしらしく長さにばらつきがありそうだった。肌はインドア生活が長いせいか色白で、割と綺麗な方だろう。ここ数日眠れていないということも考えれば本来はかなり綺麗な肌の持ち主なのかも知れない。だけど顔の中心で存在感を放っている分厚い黒縁眼鏡。いつも俯きがちなこともあり、光の反射でレンズの向こう側が見えることはまれだ。こいつはなんとかするべきだろうな。鼻と口の大きさ、位置はいいだろう。身長は少し小さめ、体型は痩せ型。見栄えする体型とは言えないが、まあ及第点きゅうだいてんか。最後に服だが、これは酷い。上下とも中学時代から着てるのかと思うようなテカテカのジャージ姿。まあ、自宅で窮屈きゅうくつなよそ行きを着ておけとは言わないが、もうちょっと、何かあるのではないだろうか。

 値踏みするような、ではなく実際に値踏みをしているのだが、俺がそういう目で見ても彼女は怯まずに祈るようにこちらを見上げてくる。自分がどういう目で見られているのか理解する能力はないらしい。

(現在の姿じゃ可よりの不可だけどな。まあ元は悪くないようだし少し手を入れてやれば良くらいにはなるだろ)

 大体のアタリをつけると同時に、今後の行き先を定めた俺はアクセルを踏んで車を加速させた。加速を受けて、身体にはクンと軽いGがかかる。

 御陵先生は自分の問いかけへの返事もなしに急な加速をされて少し驚いたような顔をしていたが、まだ窮地きゅうちに助けに入った俺への信頼が勝っているのか、健気に俺の返事を待ち続けているようだった。

 俺を疑う様子もない彼女。バカだな、と哀れみに近い感情を抱くのと共に、俺は少しだけバツの悪い思いをしながら返答してみる。

「ああ、信じるよ」

「ほ、本当ですか……!よかった!」

 彼女はほっとしたように胸を撫で下ろして微かに笑顔まで見せた。まだ奴の視線を感じているのだろうに、呑気のんきなことだ。

 まあでも、協力的なのは有難い。なにせ、もう時間は迫っているからな。

「ところで、その視線への対処についてなんだが……」

「は、はい……!」

「俺に心当たりがあるんだ。だから、出来たら明日の朝まで……俺に付き合ってくれないか?」

 我ながら、安いナンパみたいな口上だとは思う。けど、これ以上本当のことを話したとしてもきっとバカで素直な彼女だって信じてくれやしない。これで拒否されるようだったら、申し訳ないけれど無理にでも……。

 そんな物騒な考えは、しかし彼女の答えにかき消された。

「……わかりました」

 彼女はすぐに真剣な顔でこくりと頷いたのだ。

 ほっとするのと同時に、俺は彼女の警戒心のなさに不安になる。ちょっと親切にされたくらいでこんなにも疑うことを忘れるなんて、よくこの東京で生きてこられたな。まあ、俺には関係のないことだが。

「じゃあ、ちょっと急ぐからシートベルトしっかりしといてくれよ」

 俺はその余計な思考を軽い咳払いで一掃すると、彼女が自分のシートベルトを確かめるのを横目に、またアクセルを踏み込んでスピードを上げた。

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