第14話 大村家
痛いほどに照り付けてくる日差しの下、探偵――
大人が一人歩く分の広さしかない凸凹の道であったが、小石の一切ない、丁寧に押し固められた造りは、周囲を見回して歩くには十分なものだった。
そんな小道を挟むように広がるのは、緑の斜面と陽光をまばゆく反射する水田と、風と小鳥の奏でる平穏のメロディ。
そんな陽気に満ちた空気を全身に浴びながら、大河はふと足を止める。
その視線の先にあったのは、これから自分の赴く場所――
「あれがこの村で一番の旧家の大村家か。この小さな村で、様がつけられるほどの権力を持っているだなんて、この辺一帯の地主か何かなのか?」
だが、大河はそれを目にした瞬間、大村家に対する斜に構えた感情と一緒に、別の感情を覚えていた。
それは、理由の見当たらない、異様な不安と背筋に走る冷たい震え。
「……なんだ? ちょっと、寒気が……」
日差しは温かく、風も決して冷たいわけではない。
むしろ黒いスーツが熱を吸収して暑さを感じるほどの暖があるはずなのに、全身の毛穴が閉じるような急な悪寒に、大河は冷や汗を流しながら、とっさに目をそらす。
「……いや、まさかな。変な可能性を考えちまったか。とにかく、今は余計な事は考えないようにするか」
無意識に両腕を抱きかかえるような格好をしていた大河であったが、一度大きく息を吐き、気合を入れ直すと、やや大げさに腕を振りながら、麓の集落へと向かって足を進めていく。
道中、農作業に勤しむ村の人々の姿が視界の端に映ったりもしたが、現在の大河には彼らに話を聞こうという気持ちはまったく起こらず、ただ一心に大村家への長くもシンプルな道のりをたどり続けるばかりであった。
そして、歩き続けて数十分後。
先ほどまで抱いていた悪寒も忘れ去り、暑さからくる汗の方に不快感を覚え始めてきた頃、大河は半ばイラついた表情で、大村家の前に、仁王立ちになっていた。
ただ、仁王立ちといっても、肩幅に手足を開いて立っているのみで、表情は疲れ切っており、肩を大きく上下させる姿は迫力よりも憔悴の方が強く感じられる。
「ったく、山奥なのにどうしてこんなに暑いんだよ……避暑地じゃねぇのか?」
よれよれのシャツを更に緩めながら、大河は日向から逃れるように、ちょうど日陰になった大村家の軒先へと足を踏み入れ、そのまま玄関のインターホンを鳴らす。
耳慣れた電子音が響いてから数十秒後。
ぴったりと閉じていた玄関の引き戸が開かれ、中から五十代と思われる、白髪交じりの小柄な男性が、まるで今起きたかのような不機嫌そうな顔で現れた。
「ん……どちらさん?」
ぼそぼそとした低い声で尋ねてくる男性に、大河はできる限りのハリボテ営業スマイルを作ると、名刺を手渡し自己紹介をする。
「どうも、初めまして。私、東京で探偵事務所をやっております、
「あぁ、どうも。で、その探偵さんが何の用?」
男性は名刺を受け取ると、目線だけで大河を見上げ、素っ気なく尋ねる。
「ちょっと今、人探しの依頼を受けておりまして。
「大西? いや、よくわからないな……そもそも、何でウチに聞きに来るんだよ。そういうのは宿屋だとか警察だとかに聞けばいいだろう?」
「いえ、実は私が探している子たちがここにやってきた理由というのが、
そこまで語ったところで、男性はわざとらしく、合点がいったというような大きなリアクションでうなずいてみせた。
「あぁ、そこまで調べてあるのか。確かに、若い三人組のグループが来たことはあったよ。だけど誰が誰とかは知らないな。悪いけど、俺から言えるのはそれくらいだ、それじゃ――」
そう言って、男性は玄関の戸を閉めようとするが、寸前のところで大河は指をかけ、強引に会話を繋いだ。
「いえ、それだけじゃないんですよ。こちらから帰ってきてから、その子は何かに怯えていたみたいで、最後には東京の病院で突然姿を消してしまって……」
「――消えた?」
大河の説明に、男性は一旦動きを止め、目を見開き、どこか落ち着きのない様子で視線を泳がせる。
そこで、大河はここが勝負とばかりに平身低頭の姿勢でなんとか話ができる状態に持ち込もうと努める。
「はい。それで、こちらの伝承が何らかのヒントになるのではないかと思いまして。できたら私の方にも詳しく話を聞かせてもらいたいのですが……」
男性は問いに答えることなく、口をつぐんだまま、値踏みをするように大河の目をまっすぐに見る。
対する大河もキッと口を閉じ、鉄壁の防陣を構えるがごとく、真剣な目で男性の回答を待った。
そして無言のまま時間が過ぎ去ること数秒。
男性は先に目線をそらすと、大河に背を向けて承諾の言葉を述べた。
「……上がんなさい」
大河の返事を待つことなく、家の中へと消えていく男性。
その背中を目にして、大河は一言お礼の言葉を口にし、後に続く。
「ありがとうございます。それじゃあ、お邪魔します」
頭頂部がぶつからないよう、気持ち頭を下げながら、大河は家の敷居をまたいだ。
そして人の気配がまったく消えた大村家の玄関先。
そのはるか後方では、何人もの村人が、物陰に隠れながら、その様子をじっと観察するように見つめていたのだった。
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