エピローグ
84話 最高の誕生日だよ!
「水城先生、ありがとうございました!」
活気ある女の子にお礼を言われた僕は、軽く手を振ってこの場を後にした。
「ふぅ……」
軽く一息つく。外はすでに日が沈む頃合いだった。本当なら、もっと早くに帰れるはずだったけど、さっきの女の子から何度も「ここわからない教えて、先生!」と何度も質問をされたため、帰るに帰れなかった。
僕はさっきの様子を思い返して苦笑する。本当にわからないならいいけど、あの子多分、答えわかっていながら聞いてきた気がする。あの子の意図的に、この時間まで引きとどめられてしまった。
自分の教え子から気に入られてる、と好意的に受け止めることもできるけど、相手が女の子であるから複雑な気持ちだ。美柑にでも知られたら嫉妬されそうだよ。
(それにしても、もう2年も経つのか)
2年前を思い出し、懐かしい気分に浸る。
美柑と付き合い始めてから、もう2年の月日が流れた。今ではお互いに同じ大学に進み、大学生活を送っている。僕にとっては二度目の大学生活だけど、前のボッチ気味であったのとは違い、今回は美柑という恋人がいる。それだけで、大学生活が華やかに感じられた。
そんな中、僕は大学に通いながら、家庭教師のアルバイトを始めた。さっきの女の子は僕が担当している生徒で、週に二、三回会っている。
ゾンビの体で生きていく上で、自分が生前に抱いていた教師の夢をどうするか悩んだ。美柑と生きていくだけでも幸せだけど、やっぱり教師の夢も捨てきれなかった。
寧に相談し、ひとまずは家庭教師をやってみてはどうかという話になった。僕はその提案に乗り、大学にいるうちは家庭教師のアルバイトを続けていくことに。
家庭教師を始めてみたものの、これが楽しかった。クラス単位の大人数を相手に教えるのとはまた違ったやりがいがある。何より、2年前程前も美柑たちに家庭教師みたいに勉強を教えたことがあったし、その時も楽しかった記憶があるしね。今のところ、何の問題も起きていない。
好きな子と大学生活を送り、自分のやりたいこともできている。こんな体でも、普通に幸せを感じる生活を送ることができていた。
家に帰る頃には、すっかり日が沈んでいた。僕が今住んでいるのは、変わらず寧と二人で暮らしているあの家だ。美柑と付き合い始めたからといって、二人で家を借りて生活できるほどのお金なんて当然ないため、帰る家は今も2年前と同じままだった。
最近美柑は、家を借りて僕と二人で住みたいと言っている。僕もできるなら、そうしたい気持ちはあるし、最近はその気持ちが強まりつつある。好きな子と二人での生活に憧れていることもあるけど、最近は別の理由だ。
僕はため息が出そうになるのを堪え家に入った。僕がこの家を出たいと思う理由、それは――――、
「「「「誕生日おめでとう‼」」」」
リビングに入った瞬間、大量のクラッカーが一斉に鳴り、僕が一瞬前まで考えていたことが吹き飛んだ。
「……え?」
状況を理解できず、呆然とした声が漏れ出る。リビングには、寧や美柑、ましろを始め、美羽や安芸たちの姿があり、皆一様に僕に向けて笑みを向けている。そんな中、寧が僕の前に進み出てきて、その手に持つ花束を差し出てきた。
「お誕生日おめでとう、お兄様」
「誕生日……確かに今日だけど」
寧から花束を受け取り、ようやく理解する。今日、7月10日は僕の誕生日だ。別に忘れていたわけじゃないけど、これは驚かずにはいられなかった。だって、こんな皆がいるサプライズなんて知らなかったから。
「美柑が前から企画してくれてたのよ。今年こそはってね」
ましろが説明してくれると、美柑が照れたように笑いだす。
「にゃははっ、一回皆で集まってやりたかったんだ、レンレンの誕生日パーティー」
「美柑……」
僕は不覚にも泣きそうになった。これまでも美柑は僕の誕生日を祝ってくれていたけど、まさかこんなサプライズを用意してくれていたなんて。これが嬉しくないわけないじゃないか。
「美柑から今回のことを聞いた時、すぐにそれに乗ったよ。こんな楽しいこと、成功させるっきゃないしょ!」
「この日は絶対に空けるって、バイトの休みもちゃんと取ったんだから!」
真希波と綾子が心底楽しそうに言う。二人にも2年前に僕と美柑の事情は全て話したけど、それからも友達のままでいてくれた。こうして、今回この場に来てくれたことにも感謝しかない。
「ボクも予定は空けておいたのだ! 蓮の誕生日を祝うのに、反対する理由なんてないのだ!」
美羽が2年前と変わらない白衣の格好のまま、感情を表現するかのように袖を持ち上げて見せる。そんな美羽に続くようにして、隣の保科先輩が柔和な笑みを浮かべて言う。
「皆、美柑ちゃんの考えに喜んで賛成したわ。私個人としても、あなたには恩があるしね」
皆から寄せられる嬉しい気持ちの数々に、いよいよ目から涙が溢れてきた。何度拭っても、涙は止まってくれない。
「喜んでくれたみたいで良かったよ。何しろ、真倉ちゃんからの話は去年からされてたんだけどな、俺たちの方がなかなか予定合わせられなくて今年になっちまったんだ」
「まあ、おれはフリーターみたいなもんだから、予定は合わせやすかったがな!」
「あんまり自慢することでもないし、お前はいい加減ちゃんとした仕事を見つけろ。まあでも、泣くほど喜んでくれたなら、こうしてやったかいがあったな」
裕也、それに康介と安則の言葉が続けざまに僕に届く。そんな裕也たちの影から、安芸と、それに藤原先生が顔を出した。
「またこうして誕生日を祝えて良かったよ。おめでとう、蓮」
「まあ、おめでとうと言っておくよ。僕から言われても嬉しくないかもしれないけどね」
「……安芸、それに藤原先生まで」
まさか藤原先生までここにいるとは思わなかった。相変わらずこの人は苦手だけど、今日この場においては来てくれたことに嬉しく思う。
僕は涙を拭いつつ、改めてこの場の皆を見回して言った。
「皆、本当にありがとう! 今までで最高の誕生日だよ!」
涙と嗚咽が零れるのを堪え、満面の笑みを浮かべて感謝を告げる。本当に、最高のサプライズだよ!
「喜んでくれて、寧も嬉しいわ。でも――」
寧が何か言いかけた時、インターホンが家に鳴り響いた。
「――間に合ったみたいね」
寧が安堵の表情を浮かべる。何が起こるのかわからず、僕が疑問に思っていると、いくつかの足音が聞こえてきた。リビングに現れた予想外の人物たちに、僕は驚きを隠せなかった。
「父さんに、母さん⁉ それに、桐花さんまで⁉」
突如現れた父さんたちに僕が驚いている中、父さんはニヤリと笑みを浮かべた後、豪快に笑って見せた。
「ははははっ! 蓮よ、父さんたちの登場に驚いているみたいだな! サプライズ、成功だ!」
「結果的に、だけれどね」
笑う父さんに、母さんは微苦笑を浮かべて付け足す。
「お母様の言う通りよ。遅れてやってきただけじゃない」
寧がジト目を父さんに向ける。笑い声を押さえ困った顔をする父さんに代わって、桐花さんが片手ですまないアピールをする。
「悪い。二人を迎えに行くのに少し時間がかかってな」
「ううん、パーティーはこれからだから大丈夫だよ!」
美柑の言葉に、寧は笑みを浮かべつつやれやれとしている。
「父さん、母さん。それに桐花さんも、……っ、来てくれて、ありがとう」
ダメだ、また涙が溢れてきた。父さんたちの前でも泣いてしまうよ。
「ふっ、こんなにたくさんの人たちに祝ってもらえて良かったな、蓮」
「お誕生日おめでとう、蓮。ふふ、花束をもらったのね」
母さんは僕の抱える花束を見て微笑む。僕は改めて花束を見て気づく。まとめられているのは、ポーチュラカの花だった。
「寧、この花……⁉」
「ええ、お兄様が好きな花よ。この日のために真倉が育ててくれていたのよ。ちょうど、開花時期がお兄様の誕生日と被っているしね。ふふ、これも運命かしらね」
僕は美柑を見る。美柑は照れつつ、僕に笑顔をくれる。
「レンレンが好きだった花、私が一度散らせちゃったから、もう一度咲かせてレンレンにプレゼントしたいと思っていたんだ」
ポーチュラカの花に、涙が次々と落ちていく。僕はありったけの感謝を嚙みしめ、花束を胸に抱いた。
「ありがとう……っ、本当に、ありがとう!」
心の中が暖かい。美柑の気持ち、皆の気持ちが暖かすぎる。こんなの、涙なしで喜べないし、言葉だけで僕の気持ち全部を伝えることができないくらいに、嬉しすぎるよ。
「よし! 蓮の涙腺が完全に崩壊したところで、パーティーを始めたよう! 今日の楽しさは、まだまだこれからだよ!」
真希波が大きな明るい声で場を賑わす。綾子と美羽、康介たちもそんな真希波に乗っかり、心地よいしんみりとした空気が一気に賑やかなものとなる。
「もう少しこの空気に浸らせないよ、あのバカ」
寧が呆れた眼差しで真希波を見る。そんな寧に、僕は涙を浮かべたまま笑う。
「いや、真希波の言う通りだよ。せっかくのパーティーなんだから、楽しまなきゃね。僕も楽しみたい!」
「まあ、そうね、お兄様がそう言うなら」
寧も僕の様子に納得し、次第にこの空気に溶け込んでいく。すっかりパーティーの様相となったリビング、各々がパーティーを楽しんでいく。
「そういえば、蓮。今日予定より帰りが遅くなかった? まあ、そのおかげで蓮のお父さんたちが間に合ったんだけど」
綾子がいつかのクリスマスパーティーの時のように顔を赤くし、そんな疑問を投げかけてくる。僕はつい数時間前の教え子である女の子のことを思い出し、内心でヒヤッとする。
「蓮、今日は家庭教師のバイトって言ってなかったかしら?」
「う、うん」
ましろの確認に、僕は動揺を抑えつつ頷く。やましいことなんてないはずなのに……。
「家庭教師……はっ⁉ まさか蓮、その教え子とイチャイチャしてたとか⁉」
綾子と同じように顔を赤くした真希波がとんでも発言をかましてくる。途端、この場の温度が一気に下がった気がする。
「レ、レンレン……⁉ まさか、浮気なの⁉」
美柑が絶望を浮かべた顔をするため、僕は本気で焦ってしまった。
「ち、違うよ! あの子はただの教え子だよ⁉」
「わからないわよ。その子が相当に可愛い子だったら、気持ちが揺らいでしまうこともあるかもしれないわ。同じように、私にだって気持ちが揺らいでしまう可能性だってあるかもしれないわね」
ましろのからかうような言葉に僕は焦りを募らす。僕はまた始まってしまったと思いつつ、恐る恐る寧を見る。
「ふふ、それなら、寧にもチャンスがあるということかしら?」
(やっぱり⁉)
寧までましろのからかいに乗っかってしまう。僕は目の前で始まろうとしているいつものハプニングに頭を抱え込みそうになる。
僕が美柑と付き合い始めてからというもの、それで寧とましろとの関係が終わりというわけでもなく、普通に家族として、友達としての付き合いは今に至るまでも続いている。けど、二人は度々今回のように僕にアピールするかのようなからかいをしてくることがあるのだ。ましろは寧と結託でもしてるんじゃないかと思えるくらい、よく家に遊びに来るし。
「ほう、美柑がいるのに浮気するというのか?」
桐花さんの冷たい視線と声音に、僕の背中に冷や汗が伝う。桐花さんは手をポキポキと鳴らしていて本気で怖い! この場には、いつもはいない桐花さんもいるんだ。いつもに増して危険度倍増じゃないか⁉
「ち、違います⁉ 僕が好きなのは美柑だけで、浮気なんて絶対しませんよ! これは二人のいつもの冗談なんです⁉」
「あら? 私は本気かもしれないわよ」
「ふふ、笹倉と同じ考えなのは少し癪だけど、寧も本気かもしれないわよ?」
ましろと寧が火に油を注いでいく言動を躊躇いもなく言ってしまう。え? 本当に冗談だよね?
「なら、私も蓮を狙っちゃおうかな!」
「私も蓮のことは好きだから、今がチャンスなら狙い時かな?」
真希波と綾子までもが二人のからかいに乗っかってしまう。二人の悪い癖が出ちゃったよ⁉
「皆ダメーーーー‼ レンレンは私の恋人だよ⁉ とっちゃダメーーーー‼」
美柑が割り込み、さらに状況がハチャメチャになっていく。いつの間にかお互いが詰め寄る形になっていて、嫌な予感がする。
「あっ――」
美柑が躓き、押されるようにして寧たちが体制を崩して倒れていく。そう、僕の方に向かって。
ドタドタと盛大に音を立てて、僕は美柑たちに押しつぶされてしまった。体に感じる重みに耐え、僕は瞼を開く。皆、目をぐるぐると回して放心状態気味になっていた。
(……は、ははははっ! 絶対、近いうちにこの家を出てってやる!)
そう思っているのとは裏腹に、僕は笑顔を浮かべてしまっていた。
刺激的すぎる毎日だけど、退屈しない毎日。僕はそんな幸せを、これからも続くようにと心の底から願ってしまうのだった。
ヤンデレ妹にゾンビ(女の子)として死者蘇生されました ぽんすけ @pon16210
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