70話 この体だからこそできること

 クリスマスが終わってからというもの、時間はあっという間に流れ、今年も大晦日がやってきた。


 この一年を締めくくり、正月を迎えるために実家に帰省する人が多いだろう。美柑やましろたちも、それぞれ家族で集まったり、帰省する人もいた。


 そのことを考えていると、自然と自分の現状のことにも考えがいってしまう。


(2年、か)


 僕はお風呂に入りながら、どこか呆然とした気持ちを思う。


 僕は両親と、もう2年ほど会っていない。最後に顔を見たのは、確か僕が大学3年の時で、二人とはそれきりになっている。


 原因はおぼろげだが覚えている。寧と二人による喧嘩だ。


 喧嘩の原因までは、今となってはあまり覚えてないけど、以来、寧と二人の間で軋轢が生じてしまい、2年ほど疎遠になってしまった。


 短いようで、長いような2年ほどの空白期間。僕にとっては、間違いなく長く感じる時間だった。


 僕は寧を一人にさせるわけにもいかなかったため、半ば巻き込まれる形で寧とこの家に残った。


 僕は喧嘩とは蚊帳の外にいたため、何とか寧と二人を説得しようとしてみたものの、駄目だった。少し時間を置けば、向こうから話をしに来るかもと思っていたけど、その期待は悲しくも外れた。


 あれ以来、二人が、寧は当然のことのように、僕にすらも会いに来なかった。多分、僕の方も嫌われたんだろう。


 二人が今、どこに住んでいるのかわからないため、探しに行くこともできない。


 初めは、一向に会いに来ない二人に、僕の方も少しばかり怒りを覚えた。何て白状な親なんだ、と。でも、例えそんな親でも、やっぱり会いたかった。特に、この時期になると、より一層強く思ってしまう。


(でも、会うためのハードルが上がっちゃったよ……)


 僕は鏡に映る自分の姿を見る。生前の僕とは似ても似つかない、かけ離れた女の子。顔も、体も全然違う。こんな姿で会いに行っても、「誰?」と言われる様子が目に見えてわかる。


 いや、それ以前の問題か。


 僕はため息を吐く。この体がどうこうよりも、二人は僕が死んだことを知っているんだ。例え僕の正体を話せても、二人を困らせてしまうに違いない。


 どうやっても、本当の意味での再会はできないんだな。そんな今さらすぎることを思ってしまう。


 でも、これは逆にチャンスじゃないか? 僕は悲しくなりそうな気持ちを振り払い、ポジティブな思考に切り替える。


 この姿なら、二人は僕をただの他人としか認識しない。そんな僕が、寧の友達であると二人に言えば、もしかしたら、そこから寧と二人の仲違いを解決できるかもしれない。


 そうだよ、何でこの考えを今まで思いつかなかったんだ⁉ これなら、可能性は十分にある。


 僕は希望を見つけ、気持ちが高揚するのを感じた。



「……二人に会いたい?」


 年越しそばを食べていた寧の箸がピタリと止まった。箸を一度置き、僕に鋭い視線を向けてくる。


「う、うん。もう2年も会ってないしさ、やっぱり、顔くらい見たいなって思って」


 僕は言葉に気をつけながら慎重に話していく。二人に会いに行く考えに思い立ったはいいものの、二人がどこにいるのか、僕には手掛かりもないため、一から探すのは難しい。けど、寧の伝手を使えばわかるかもしれない。


 けど、そのためには寧から了承を得なくてはいけない。


「二人に、ね……」


 寧は難しい顔をする。あれ? もっと嫌そうな顔をすると思っていたけど、そうでもない? 正直、考える間もなく反対されることも覚悟してた。


「ど、どうかな? 二人からしたら、僕が誰かなんてわからないだろうし、それに僕も、二人と会って話そうとまでは思っていないから」


 少し嘘を吐いた。僕の目的は、寧と二人の仲違いを解決するためだから、二人とは当然話す気でいる。けど、それを正直に伝えたら、寧はなおさら反対しかねない。


「…………わかったわ。ただし、監視カメラだけは付けていきなさい。寧がついていかない代わりにね」


 寧が監視カメラの装着を要求してくる。それは問題ないけど、


「寧は来ないんだね」


「当然よ」


 もとより一人で行くつもりだったけど、改めてこう拒否されると少し悲しいな。


「わかったよ。でも、許可取ってから言うのも何だけど、家の場所はわかるの?」


「――ええ。後で住所を教えてあげる」


 寧はそう言うと、残りのそばも食べないで、そそくさとリビングを去ってしまった。やっぱり、二人の話題は寧にはよくないのかも。


 嫌な気持ちを思い出させてしまったことに、僕は少し申し訳ないと思いつつ、寧がそんな気持ちを抱くことがなくなることを願うのだった。



 新年を迎えてから数日経った1月10日。僕は両親二人の元へ向かうため、バス停に向かっていた。


 二人が今住んでいる場所は、僕の住む町からバスで2時間半もかかる田舎町だった。


 時間は朝早くで、僕はまだ誰も歩いていない道を歩いて行く。すると、しばらくして目の前から見知った顔が見えた。


「げっ」


 思わずそんな声を出してしまう。よりによって、やってきたのは藤原先生だった。何でこんな時間に。私服姿だから、学校に行くとかではないだろうけど。


「会っていきなりしかめっ面を浮かべるなんて、相変わらず失礼だね」


 藤原先生は眠たげな眼差しで見てくる。目の下にクマができてるし。


「条件反射みたいなものなので、諦めてください。というか、こんな朝早くからどこに行くんですか?」


 僕は疑いの眼差しを向ける。別に興味はないけど、一応世間話として聞いておくことにする。


「行かないよ。僕は今帰ってきたところだ」


 藤原先生はそう言うと、疲れたように首に手を当てる。


「……こんな時間になるまで、何を?」


「君には関係ないよ。それに、君もこんな時間に出歩いているじゃないか」


 僕は少しばかりの疑問を覚えたけど、すぐにどうでもいいかと思う。それに、そろそろバスの時間がきてしまう。


「そうですか。では、さようなら」


「あ、ちょっと待った」


 僕が話はそこまでと区切り、歩き出そうとした瞬間、藤原先生からストップをかけられた。そのまま、振り返った僕のことをじっと見てくる。


「何してるんですか、変態教師」


 僕は自分の体を庇う。こいつは男が好きな変態教師。見た目が女の子である僕にはさすがに欲情しないだろうけど、じっと見られると身震いしてしまう。


「何もしないよ。全く、相変わらず元気そうだね。やっぱり問題なさそうだ」


 何が元気だよ……。むしろ、会ったことで元気が下がり中だよ、現在進行中で。


「時間ないんで、本当にもう行きますね」


「ああ、引き留めて悪かったね」


 僕はそれだけ言うと、今度こそ足早にこの場を後にした。



 僕はバスに揺られながら、船をこいでいた。朝が早かったのもあるが、2時間半もの間ただ座っているだけのため、睡魔が襲ってくるのは当然だった。


 本でも持ってくればよかったかな。でも、酔っちゃうしな。そんなことを考えながら、寝ぼけた目で窓の外を見た。だいぶ眠っていたのか、外の景色はすっかり田舎の風景に変わっている。


 やがて、目的地のアナウンスが聞こえてくる。僕は睡魔に抗い、座り続けてすっかり痛くなってしまったお尻をさすりつつ、降りる準備をした。

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