28話 紛らわしいよ⁉

 美柑に展望台へ行こうと誘われ、僕は今美柑とともに展望台の最上階へと上るエレベーターに二人きりでのっている。


「……」


「……」


 僕も美柑も互いに無言のため、エレベーターの騒動音がやけに大きく聞こえる。


 お互いに、これから何をする、何をされるかを理解しているため、気まずい雰囲気が漂う。


 僕はこれから、展望台の最上階で美柑に告白されるだろう。漫画みたいに、実は全然関係ないオチでしたとかだったらまだいいが、多分それは望めない。


 だって、美柑の顔が恋する乙女のそれ以外にどうやっても思えない。


 時間というのはあっという間で、気づけば最上階に到着したことを告げる音が鳴った。


 ついに来てしまった。意識しだすと、途端に心臓が騒ぎ出す。


 いつまでもエレベーターにいるわけにもいかないため、僕と美柑は最上階へと足を踏み入れた。


 ……偶然、本当に偶然にも、最上階には誰もいなかった。


 この時間に来ていいのは告白する人だけとでも決まっているような、暗黙の了解があると思わざるをえないんだけど。


 夕陽に照らされた最上階は、どこか幻想的に見える。窓から除く景色も、平時ならさぞ感動的に映っただろう。


 けど、残念なことに、今の僕にそれを気にする余裕はない。


 正直言ってしまえば、吐きそうなほど緊張している。


 僕はこれまでの人生で、誰かと付き合ったことはおろか、告白したことも、されたこともない。


 特定の女の子を好きになったことはあるし、いい感じな距離になった女の子だっていた。けど、その全てが寧の手によって叶うことはなかった。


 だから、こんな姿だけど、女の子から告白されるのは初めてなわけで、これが平常でいられるわけがない。


 まさか、死んだ後に女の子から告白されることになるなんて。僕は今女の子だけど。


 けど、いつまでも緊張しているわけにもいかない。僕は美柑の告白を聞いて、断らないといけないんだ。


 僕は、自分が九重蓮であることを隠して美柑と一緒にいる。嘘を吐いている。美柑を騙している僕に、美柑と付き合う資格なんてない。


「ゆ、夕焼け、奇麗だね、レンレン……」


 美柑が緊張した面持ちで、窓ガラスの向こうを見るけど、その目は誰が見ても明らかなほど泳いでしまっている。


「そ、そうだね……」


 僕も頷いてみせるものの、美柑と同様に目が泳いでしまう。


 その後、またしばらく沈黙が続いたものの、美柑が意を決したように口を開いた。


「レ、レンレン! 私、レンレンに伝えたいことがあるの! き、聞いてもらっていい?」


 僕の顔色を窺うように、美柑はあの上目遣いで僕を見てきた。その顔は、夕陽に負けないくらいに真っ赤に染まっていた。


「う、うん」


 思わず唾を飲み込むが、もう口の中はカラカラだ。


 告白される僕がこんなんだったら、美柑の心情はもっと大変だろう。告白するって、すごい勇気がいることなんだなと、改めて知らしめられるような気分だった。


「私ね、レンレンと初めて会った時、何かってのは上手く言えないんだけど、運命のようなものを感じたんだよね。友達になりたいって思ったのもそうだけど、それだけじゃないような……とりあえず、レンレンと仲良くなりたいって、すっごい思ったんだ」


 美柑は僕が水鏡高校に来た時に、初めてできた友達だ。僕が自身のことで戸惑っている中で、美柑は僕に積極的に話しかけてくれた。それはすごい助かったし、嬉しかった。


「最初は友人として仲良くしていけたらいいなと思ってた。けど、段々とそれだけじゃもどかしいような、もっと仲良くなりたいなと思うようになったんだ。レンレンと出会ってから、まだ一週間とないような時間なんだけどね」


 美柑は変だよねと言うように、困った顔を浮かべる。


「でも、気持ちはどんどん膨らんでいった。そして一昨日、レンレンが私と同じゾンビだってことがわかって、いよいよ自分の気持ちがどっちなのかわからなくなっちゃった。レンレンのことが友人として好きなのか、それとも……。それを確かめたくて、今日レンレンにデートをお願いしたの」


 美柑は僕から目を逸らしそうになりながらも、しっかりとその目で僕を見つめる。その顔に、どこか幻想的な笑みを浮かべて美柑は口を開いた。


「レンレン。私は、レンレンのことが好き! 友人として以上に、恋人として好き!」


 僕の目を真っ直ぐ見つめて、美柑は僕に告白した。その瞬間、僕は嬉しさや恥ずかしさ、また申し訳なさが入り混じった、言葉にできない感情に襲われた。


 美柑が僕を好きだということは、今日一日を通して何となく気づいていたけど、こうして面と向かって告白されると、思わず頭が真っ白になりそうだ。


 口の中はさらに乾ききっていて、何か言おうとしてもうまく言葉を出すことができない。


「女の子同士で好きって変かもしれないけど、私、そんなの関係なしにレンレンを好きになっちゃった。多分、レンレンと初めて会った時に、私はレンレンに一目惚れしちゃったのかも」


 僕が口を開けないでいると、美柑が先に口を開いた。美柑の顔にわずかに浮かぶ、申し訳なさそうな表情を見て、僕はようやく口を開いた。


「女の子が女の子を好きになるのは、別に悪いことじゃないし、そこまで変なことだと、僕は思わないよ。……でも、美柑は九重先生のことが好きだったんじゃないの?」


 ようやく口を開けたかと思えば、僕は思わずそんなことを口走っていた。それほどまでに、僕は動揺してしまっていた。


「九重先生のことは好きだったよ。でも、この恋はもう叶わないから。……ようやく、諦めもついたのかも」


 そう言い終えてから、美柑はハッとしたように顔を僕に向ける。


「けど、勘違いしないでね⁉ レンレンを九重先生の代わりとして見てるわけじゃないから! 先生とは別に、私はレンレンに恋したの!」


 美柑は焦った顔で僕を見つめる。僕はそんな美柑を見て、慌てて首を横に振った。


「ご、ごめん! 別にそう思ったわけじゃないんだ! ただ、何で僕なんかを好きになったのかなと思っちゃって」


 別に美柑が九重蓮から今の僕に鞍替えしたと思っているわけではない。美柑がそんなことをする女の子でないことは、この短い付き合いの中でもわかっている。


「なんか、じゃないよ。優しくて、気兼ねなく話せて、もっと一緒にいたいと思えるレンレンだから、私は好きになったんだよ。これ以外にも、レンレンの好きなところはたくさんあるし、私の知らないレンレンもまだまだたくさんあるけど、それも含めてこれから知りたいと思えるほど、好きなの!」


 美柑の噓偽りないであろう告白を聞いて、僕の顔はすでに真っ赤に染まっているだろう。


 美柑の気持ちは素直に嬉しい。だから、もし僕が生前の姿だったら、間違いなくその告白を受け入れているだろう。けど、僕は美柑の気持ちには応えられない。


「……ありがとう。美柑の気持ちはすごく嬉しいよ。……けど、ごめん。僕は美柑とは付き合えない」


 その一言を口に出した瞬間、胸が痛いほどに締め付けられた。


 告白を断るのって、こんなにも心苦しいものなのかと、痛いほど知ってしまった。断るということは、確実に相手を傷つけることになる。しかも、その相手が仲が良い相手であればあるほど、その苦しさは跳ね上がる。


「……あ、あはは、そっか。そうだよね、ごめん……」


 美柑は無理矢理に笑みを作って見せるものの、その顔はいまにも泣き出しそうなほどだ。


「僕も美柑のことは好きだよ。でも、僕は美柑とは付き合えないんだ。僕は美柑に、嘘を吐いてるから」


 美柑を傷つけてしまった。だけど、傷つけるだけで終わりじゃない。そんなの、僕だけが逃げるような最低なおこないだ。


 だから、僕は美柑に自分の秘密を打ち明ける。寧の意向には背いてしまうけど、このまま黙っているわけにもいかなかった。


「……嘘?」


 美柑が揺れる瞳で僕に問いかけてくる。その声には、もう諦めの感情が含まれている。


「うん。僕がゾンビとして蘇って、水鏡高校に転校してきたって話したよね。でも、実際はそうじゃないんだ。僕は元から高校の近くに住んでいて、高校のことも、……そして、美柑たちのことも知っていたんだ」


 僕がその事実を告げると、伏目がちだった美柑の目がわずかに見開かれた。


「……知っていたって、私やましろんのこと? それってどういう……」


 美柑はまだ僕が言わんとしていていることを掴めないでいる。けど、漠然と何か察しているのか、その瞳はさっきと違う動揺の色がうかがい見れる。


 そんな困惑する美柑に向けて、僕は自分の秘密を打ち明けた。



「僕の生前の名前は九重蓮。水鏡高校の元教師なんだ。」



 その事実を告げた瞬間、僕の中で、ようやく言えた、といったような感情を抱いていた。心のどこかで、嘘を吐き続けることに抵抗があったのかもしれない。


「え? レンレンが九重先生って、え……⁉」


 比較的冷静になれた僕とは反対に、美柑は狼狽えはじめる。そうして何度も僕の顔を見てくる。


「ごめん、いきなりこんなこと言われても混乱するよね。でも、本当なんだ。僕は10月15日の夜に死んで、その翌日に寧によって蘇生されたんだ」


「ま、待って⁉ え? でも、レンレンって女の子だよね⁉」


 美柑は僕の服や胸を何度も見ながら目をぐるぐるとさせている。まあ、そうだよね。ゾンビとして蘇って、何で女の子になってるのか、疑問に感じて当然だよね。


「寧のあの儀式なんだけど、本来は蘇生対象の肉体が約8割は残っていないとだめらしいんだよね。けど、僕の場合は電車にひかれたことで肉体がもうほとんど残っていなかったんだ。そんな不完全な状態で蘇生しちゃうもんだから、何の災難か僕の体は女の子になっちゃったんだ」


「……っ⁉」


 美柑が信じられないものを見るような目で僕を見る。けど、それを無視して僕は話し続ける。


「そうして僕は、ゾンビとして、女の子として生きることになったんだ。水鏡高校に通うようになったのは寧の計らいで、正直僕としては結構不安があったんだけどね。まさか、元教え子である美柑たちと一緒に高校生活を送ることになるなんて」


 僕は苦笑交じりにそう言うが、内心ではすごい焦っていた。だって、こうして話していくうちに、美柑の顔が段々と俯いていくんだから。


 僕のこの一週間の行動は、美柑たちを裏切るものだ。それに何より、男の僕が女の子として美柑たちと仲良くしてる光景は、ぶっちゃけて言ってしまえば、逮捕されてもおかしくない変態的な行動の数々だ。美柑たちからしたら、嫌悪感を抱かれるのは当然の反応といえる。


「ねえ。レンレンが先生だっていう証拠はあるの?」


 美柑が顔を俯けたまま、僕に問いかけてくる。その様子から、僕はまるで余罪を追及される被疑者のような気持ちを感じた。


「こ、このスマホ」


 僕はポケットから旧スマホを取り出した。これを見せれば、僕が九重蓮であることが決定的になる。


「そのスマホ⁉ じゃあ、あの日私が送ったラブレターも⁉」


 わずかに顔を見せた美柑の顔は、ボンっと音が出そうなほど真っ赤に染まった。


「う、うん。ごめん、見ちゃった」


 僕は尻すぼみになる声でその事実を告げた。まさかあのラブレターが、僕に見られるとは思ってもいなかったのだろう。


「本当にごめん……美柑は僕に仲良くしてくれたのに、僕は美柑に嘘を吐き続けて、美柑に嫌な思いをさせちゃった。こんな僕に、美柑と付き合う資格なんてないよ」


 美柑の告白を断って傷つけ、その上秘密をばらしてさらに傷つけてしまった。一体、どれだけこんなにいい子を傷つければ気が済むのだろう。


 美柑に対する罪悪感が膨らみかけようとした。その時だった。



⁉ ! ⁉」



 雰囲気をぶち壊すかのような、美柑の明るい声が場を切り裂いた。


「え?」


 僕は思わず膨らみかけた罪悪感を忘れ、美柑を見た。美柑の顔には、なぜか満面の笑みが浮かんでいた。


「み、美柑?」


 美柑を傷つけるようなことばかりしてしまい、美柑の心がおかしくなってしまったのか一瞬不安になった。けど、


「なんだよ~、てっきり先生ってば、本当に死んだのかと思っちゃったのに、こんな近くにいたなんて! にゃははっ! 灯台下暗しってやつかな」


 え? え? どういうこと? 何で美柑はこんなに嬉しそうなの? 僕が本当は男で、九重蓮でわかって、傷ついていたんじゃないの?


「ていうか、『いくら探しても』って、何?」


 混乱しつつも、聞き捨てならないような言葉が美柑から聞こえてきた気がする。


「それは先生のことだよ! 私、?」


 …………はい?


「いやいや⁉ 意味がわからないんだけど⁉ だって僕はあの日、死んだんだよ⁉」


 僕が死んだことは学校の皆も知っていて、美柑はその事実に悲しみ自殺した。なのに、僕を探すって何だ?


「私ね、気づいちゃったんだ。ゾンビとして蘇った時、寧ちゃんと少し話していたんだけど、その様子から、あ、これ先生も私と同じようにゾンビとして蘇ったんじゃないかなって思ったの。だって、寧ちゃんってば、!」


「……っ⁉」


 そ、そんなことまで気づいていたのか⁉ 確かに、寧が悲しんでいる様子を見せなかったら、そのことに気づいてもおかしくはない。美柑自身、ゾンビとして蘇った経験者なんだから。


 それに、ようやく腑に落ちた。美柑が自殺した後、ましろの話では、美柑は人が変わったように明るくなったと言っていた。僕はそれを、昨日の美柑の話から、単に美柑の心の強さがそうさせたものだと思った。


 けど、それにしても、僕の知っている以前の美柑と比べても、今の美柑は変わりすぎている。好きな人が死んで、たった一日、いやたった数時間でそこまでの変化を遂げるのは、正直言ってしまえば異常だ。


 それも、別に変じゃない。


「いやぁ、でもなかなかレンレンが見つからないから、諦めかけてたんだよね。やっぱり、私が都合いいようにそう思ってただけかなって思って。もし本当に先生が死んでたら、寧ちゃんに聞くにも聞けないし」


 美柑は僕を探し続けていた……待って⁉ それってつまり⁉


⁉」


 僕は以前見かけた美柑の怪しげな行動を思い出していた。あの時、美柑は不審者を探していると言っていたものの、当時あの近辺で不審者が現れるといった話は流れていなかった。


「にゃははっ……ごめんね、先生のこと不審者って表現しちゃって。でも、先生は死んだことになってるから、正直に先生のこと聞いても誰もわからないだろうなと思って」


 だから、不審者のように怪しげな人がいないかって聞き方にしたのか。僕は死んでいるから、コソコソと生きている、もしくは変装なりして外に出ていると思って。それにしても紛らわしいけど⁉


 あの件、色々おかしいとは思っていたんだよ。美柑はやけに警察に相談したがらないし、僕が言及した翌日に犯人は現れなくなるし。


「でも、本当に良かったよ。ゾンビとしてでも、先生がこうして生きていることを知れたから。諦めかけていた私にとっては、すごいサプライズだよ!」


 喜んで言う美柑に、僕は戸惑ってしまう。


「み、美柑は軽蔑したりとかしないの? だって、僕は女の子のふりをして美柑たちの傍にいたんだよ。中には、女の子からしたら嫌なこともたくさんあったと思うし」


 僕は俯きがちにそう言うが、美柑は首を横に振った。


「全然そんなことないよ! レンレンが実は先生で、大人の男性ってわかって恥ずかしいなって思うことは確かにあるけど、それが気にならないくらいに嬉しくて、私は先生のことが好きなんだよ!」


 改めて純粋な瞳で好きだと言われ、僕は途端に気恥ずかしさに襲われた。こんな僕でも、美柑は僕が好き?


「本当に、本当に! 今幸せだよ‼ 先生がやっぱり生きていて、レンレンが先生自身だったなんて⁉ もうダメ! レンレン、私はレンレンが大好き‼ 私と付き合ってください‼」


 美柑が喜びを体全体で表すかのように、僕に抱きついてきた。その顔が、キスができそうな距離まで近づき、僕は慌てて顔を逸らした。


「ま、待って⁉ 僕はまだ頭が混乱してて……⁉」


「ダメ! もう離さないよ~!」


 美柑がさらに抱擁を強め、満面の笑みに染まったその顔を、僕の胸に寄せてくる。


(もう本当に、どうすればいいのーーーー⁉)


 僕は誰に言うでもない悲鳴(?)を、心の中で叫んでしまった。

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