26話 いつも元気に、それが今の私!

 美柑が実は僕と同じゾンビだったことを知った翌日、僕は憂鬱のような気まずいような気分だった。


 美柑に僕がゾンビだと知られた時は、もう終わりだと思っていたけど、それがまさかこんな展開になるだなんて。


 正直、美柑と顔が合わせづらい。けど、会わないわけにもいかなかった。


 僕はスマホの画面を見る。そこには、『寧ちゃんにお願いして屋上空けてもらっちゃった。朝、そこで少し話さない?』といった、美柑からのメールが表示されている。


 それにしても、よりによって屋上か。美柑は大丈夫なんだろうか? 


 疑問を感じつつ、僕は美柑が待つという屋上に向かった。



「待ってたよ、レンレン!」


 屋上に入ると、それまでと変わらない笑顔の美柑がいた。


「お、おはよう」


 対する僕は尻すぼみな挨拶をすることしかできなかった。


「レンレン、何か暗いよー? ほら! もっと明るくいこう⁉」


 美柑はサムズアップするように僕を元気づけさせようとしてくる。その様子に、僕は少し戸惑ってしまう。


「えっと、美柑は何ともないの? その、色々と……」


「何もこうも、別に私の秘密をレンレンに知られただけでしょ? 別に何ともないよ! それに、レンレンも同じゾンビなんだってわかって、私嬉しいもん!」


 美柑は目を輝かせて、まるで歓迎するように両手を広げている。


「そ、そうなんだ。ごめん、僕は正直、まだ頭が混乱してて、どうすればいいかよくわからないんだ」


 嬉しいわけでもないし、何かすごく悲しいわけでもない。ただ、今の現状をどう受け止めるのが正解なのかがわからないんだ。


「うーん、難しく考える必要はないんじゃないかな? 私とレンレンは同じゾンビで、いわばゾンビ同盟みたいな感じ!」


 美柑はにこやかに笑ってみせる。その笑顔に少し気持ちが楽になる。


「ゾンビ同盟、それはそれでいいかもね」


「でしょ! 二人だけだけど、仲間がいると心強いね! しかも、その仲間がレンレンだったなんて、感激だよ!」


 美柑は今は笑っているけど、実際はどう思っているんだろう。ゾンビとして蘇ったこと。


「美柑はさ、ゾンビとして蘇ったこと、どう思ってる?」


 ほぼ無意識に口をついて聞いてしまった。多分、僕が一番に聞きたかったことだ。


「後悔とかはないよ。むしろ、こんな姿でも蘇らせてくれた寧ちゃんには感謝してもしきれないのが正直な気持ちだよ」


 何の躊躇いもなく美柑は言い切ってみせた。その顔が、ふと後ろ、地面に向けられた。


「私はここから飛び降りたんだ。九重先生が死んだってことが信じられなくて、九重先生を死に追いやった他の先生たちが許せなくて、そんな感情がぐちゃぐちゃになっちゃって、気づいたら飛び降りてた。……でもね、やっぱり後悔した。ゾンビとして蘇った後に、なんであんなことしちゃったかなって」


 その時の自分を思い出しているのか、美柑は苦笑いを浮かべる。その目の奥には、強い後悔が滲んでいる気がした。


「奇跡的にこうしてまた生きられるようになったのなら、もう無様な私は見せたくない。だから、前向きに生きようって思った。……私を救ってくれたのが、九重先生の妹さんだったなんて、何だか先生にまだ死ぬなって言われてるみたいだよ」


 教師に注意される生徒のように、美柑は困った笑顔をする。


 僕は美柑の言葉を聞いて、すごいと、改めて純粋に思ってしまった。


 美柑はゾンビとして蘇ったことに後悔はなく、それを受け入れてなお、明るい自分に変わって生きることを決意した。


 美柑がこれまでに僕に見せてきた明るさや元気、笑顔は、まるでポーチュラカの花のようだ。ポーチュラカの花言葉には、『いつも元気』がある。


 美柑が潰してしまったポーチュラカの花を、美柑自身が再び咲かせてみせたんだ。


「本当にすごいね、美柑は」


「え⁉ ちょっ、どうしたの、レンレン⁉ もしかして、レンレンはゾンビとして蘇ったこと後悔してる?」


 美柑が不安そうな顔で、涙を流す僕を心配してくる。


「ごめん、なんでもないよ。……ゾンビとして蘇ったこと、僕も後悔はしていないかな」


 戸惑いや不安なんかはたくさんあった。でも、蘇ったことに対して後悔したことだけはない。まだ短い間だけど、こうして蘇れたことで知れたこともたくさんあったし。


「そ、それならいいけど。もう、びっくりしたよ。いきなりレンレン泣き出すから」


「あはは、ごめんって」


 こうして話すことで、さっきまでのモヤモヤはもうすっかり消え去ってくれた。


「そういえばレンレンはさ、どうしてうちの学校に転校してきたの?」


 何気なく出たであろうその疑問に、僕は思わず息を飲んだ。そ、そうだ。美柑からしたら何で僕が転校してきたか疑問に思うだろう。しかも、寧とともに僕はここに来た。ここは上手く誤魔化さないと、僕と寧の関係が怪しまれてしまう。


「そ、その、前の学校では僕が死んだってことは皆に知られちゃったんだよね。だから、そこにいるわけにもいかなくて」


 咄嗟に出てきた理由としてはまともな回答をできた気がする。美柑も納得した様子を見せる。


「そっか。私は偶然寧ちゃん以外の人には見られなかったからよかったけど、見られたらいられないもんね」


 美柑は僕を気遣うように言う。


 ふぅ、助かった。危うく、僕が九重蓮だと気づかれる恐れがあった。


「でも、こう言っていいのかわからないけど、レンレンがうちに来てくれて良かったよ。だって、こうして出会えたおかげですぐ友達に、ううん、友人になれたんだもん! 運命的だよ‼」


 美柑は喜びを体全体で表すように、僕に抱きついてくる。そ、それはまずいんだってと言いたいけど、今だけは我慢しよう、くっ!?


「でも、そっか。じゃあ、この気持ちはどっちなんだろう……」


 美柑は何かを気にするように、小さく何事か呟いた。


「美柑?」


 美柑は抱きついたかと思うと、すぐに僕から離れて次の一言を放った。


「よし! レンレン! 明日デートしよう!」


 ……え? ええええぇぇーーーー⁉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る