25話 探偵じゃないんだから、わかるわけないよ!?

「レ、レンレン……?」


 美柑が固い声音で僕の名前を呟く。その目は、信じられないものを見るかのようだ。


「み、美柑⁉ こ、これは……⁉」


 あまりに予想外すぎる事態に、上手い言い訳が出てこない。


 今の僕の状況は、茂みに身を潜めて、右腕を地面に落としているといった、他人から見たら異常に映ってしまう。普通の人だったら、こんなホラー映画みたいな場面を見たら、恐怖やらで一目散に逃げだすところだろう。


 でも、今見られているのは、よりによって友達である美柑だ。異常な場面を目にしても、友達である僕が心配なんだろう。すぐに逃げ出すことをしない。


 正直今の僕としては、逃げ出してくれた方がましだったかもしれない。今の状況だと、逃げ道を作れる気がしない。


「レンレン! その腕、大怪我したの⁉」


 僕の事情を知らない美柑は僕の身を心配して近づいてくる。


 ま、まずい⁉ 今の僕、というか傷口を見られるのはまずい⁉ だって、僕の体はゾンビだから、血は流れないんだ。血が流れていないことを知られたら、さらに怪しまれてしまい、より状況は悪くなってしまう。


 僕は咄嗟に逃げようとしたものの、右腕がとれてしまったためか、体のバランスが上手く取れずに転んでしまった。


 美柑は転んだ僕の傍に寄り、右肩を見た。見られてしまった。


「……えっ⁉」


 美柑が驚いた声を出す。その顔は、さっきよりも驚愕に染められていた。


 美柑は僕の傷口に触れ、そして触れた自分の手を見る。


「血が、出てない?」


「っ……」


 ゲームオーバーという単語が頭をよぎった。完全に終わりだ。ここから誤魔化す手段なんてありやしない。そう僕が諦めかけた時だった。


「もしかして、?」


 耳を疑う発言が美柑の口から聞こえた。


 どういうこと? 美柑はゾンビのことを知っている? 何で、どうして? 状況が状況だ。冗談で言っているような雰囲気でもない。


「ゾ、ゾンビって、何で美柑が……?」


 次の瞬間、僕はこれまでの衝撃を全て吹き飛ばすほどの衝撃を受けた。



!」



 ……………………は?


 思考がそこで一時停止した。


 私『も』ゾンビ? ……美柑が、ゾンビ? 僕と同じ?


「レンレン? おーい! レンレン⁉」


 美柑の声にハッとし、我に返った。目の前には、心配そうな顔をした美柑がいる。


 思考停止から立ち直ったものの、まだ頭は混乱の渦だった。


「いや、待って? 美柑は人間だよね?」


「違うよ。私もゾンビなんだよ。証拠を見せてあげるね」


 証拠? 僕がつかめないでいると、美柑はおもむろに右腕を僕に向け、左手で右肩の付け根あたりをほんと軽く押してみせた。すると、何の抵抗もなく美柑の右腕は、右肩からとれた。


「ほら!」


 左手でとれた右腕を持つという、傍から見たら殺然とした光景を美柑は僕に見せてくる。


「う、嘘……⁉」


 肩が外れただけならまだしも、腕ごと肩からとってしまった。そのありえない芸当に、美柑がゾンビであるという証拠は十分すぎた。


「あまり腕をとりすぎないほうがいいと伝えたはずなんだけれどね。段々と脆くなるわよ?」


「⁉」


 突如その声が聞こえたかと思えば、美柑の後ろには寧が立っていた。


「ね、寧⁉」


 寧は僕と美柑を見て、ため息を一つ吐いた。


「はぁ。まあ仕方ないわね。さすがに無理があったもの。……お姉様、これから校長室に来なさい。後は寧が話しておくから、真倉は帰りなさい」


 そう言うと、寧は僕を促して去っていく。


 一体何がどうなってるの……?



 カーテンで仕切られ蛍光灯で照らされた校長室で、寧はデッキチェアに深く腰掛けて僕と対面する。その顔は、やれやれといった呆れぎみのものになっている。


「こうなってしまった以上、お兄様に隠しておくこともできなくなったから、全部伝えるわね。彼女のこと」


「正直、今もまだ頭の整理がついてないんだけど……うん、聞くよ」


 僕の返事を聞いた寧は、紅茶を一口含み話し始めた。


「まず、真倉美柑。彼女は正真正銘のゾンビよ。寧がゾンビ転生の儀式で蘇らせたわ」


 その事実を改めて聞くだけで頭痛がしてくる。


「美柑がゾンビって、じゃあその……美柑は一度死んだの?」


 ゾンビということは、大前提として僕と同様一度死んだことになる。


「そうよ。彼女が死んだのは、10月16日の夜。お兄様が死んだ次の日ね」


「……⁉」


 僕の脳裏に、一昨日ましろから聞いた話が蘇った。


『だって美柑、本当に九重先生のこと好きだったもの。先生が亡くなったと聞いた時は、一日中泣いていてとても心配だったわ』


 美柑は僕の死を知って悲しんだ。そうしてあの時すでに死を決意してしまっていたのか!?


「でも、待って!? 美柑が自殺したこと、ましろたちは知っているの!?」


 一学生が自殺したなんてなったら、普通ニュースになるはずだ。でも、ましろたちはそのことは知らない様子だった。


「彼女が自殺したことは、寧以外誰も知らなかったわ。寧がお兄様の蘇生に成功した日の夜、寧が偶然お兄様の学校に立ち寄った時、人知れずに屋上から落下した真倉美柑が、花壇を真っ赤に染めて倒れていたわ」


 夜だったから、偶然にも誰かに見られなかったのか。いや、それよりもーー、


「屋上……⁉ 花壇……⁉」


 寧が告げた事実に、僕は気づいてしまった。僕がさっき花壇を見た時、それまで咲いていたはずのポーチュラカの花は消え、砂だけが敷かれていた。だってそこは、


「本当なら警察に電話して終わり、だったのだけれど気が変わったの。彼女の近くに落ちていたスマホ、壊れてはいたけど、そこには一通の送信済みメールだけが固まって表示されていたわ――お兄様に向けての恋文がね」


「っ! あのラブレター、やっぱり美柑が……⁉」


 美柑とアドレス交換をした時、アドレスが違うから美柑じゃないと思った。けど、スマホが壊れて新しいスマホにしていたから、アドレスが違っただけなのか!?


 思わぬ形でラブレターの送り主がわかってしまった。


「寧は、そのラブレターを見て美柑を助けてくれたの?」


 寧は基本的に僕に恋する女の子は全部敵として認識する。僕が好きだった美柑も、当然その対象だと思ったけど……美柑は例外だった?


「本当ならお兄様の狙う恋敵、助ける気なんてなかったんだけどね。彼女の恋文を見たら、お兄様を想う本気の気持ちが伝わってきて、同じお兄様を想う者同士、つい助けてしまったのよ。……気の迷いかしらね」


 寧がわずかに頬を赤く染め、そっぽを向いた。ここは素直じゃないんだな。少し意外だったけど、寧のおかげで美柑は助かった。ありがとう。


「寧が美柑を蘇生させたのはわかったよ。でも、美柑は僕と違って生前と変わらない姿だよね?」


 僕は女の子になったのに、美柑は生前と何ら変わらないのは何でだろう? いや、もしかしたら男の子だったりーー!?


「忘れたのかしら? お兄様の場合は人身事故によって肉体のほとんどが消失。対して彼女の方は、肉体のほとんどがそこにあったわ」


 ……そうだった。すっかり忘れてたよ。冷静に考えてみたら、男の子なわけないよね。ごめん、美柑。


「彼女は生前と変わらない姿。そして誰も彼女が死んだことは知らない。なら、彼女はゾンビとしてではあるものの、生前と変わらないように真倉美柑として生きることができる。それを知った彼女は自分の体を受け入れ、生きることを決意したわ」


「……そっか。寧と美柑にそういう関わりがあったことには驚いたよ。じゃあ美柑は、寧がこの学校の教育体制を変えたのも知ってるの?」


「ええ。けど、寧のことは他言無用にと命令しているわ。あくまで二人だけの秘密。お兄様にもこのことは伝えなかったし、お兄様の死後についても彼女に伝えていないわ」


 美柑は僕が九重蓮であることは知らないんだ。


「何で僕のことは隠してるの?」


 すると、寧は一瞬目を細めて見せた。


「あくまで彼女を助けたのは気の迷いよ。彼女の恋を応援するとは言ってない。お兄様が生きていることを伝えて、希望を持たせるわけにもいかないでしょう?」


 あ、そこだけは譲るつもりはないんだね。


 でも、そっか。寧からここまで話を聞いて、色々と納得できる部分が出てきた。


 僕が美柑に対して思っていた違和感の中に、部活を変えたことがある。あれは、部活に飽きたとかではなく、


 ゾンビの体は、脆く、また体力があまりにもなさすぎる。すぐに息切れを起こしてしまうほどに。


 僕が水鏡高校に転校した初日、体育の時間でランニングをした時、美柑も僕と同様の体力のなさを露呈していた。あの時は単に運動が苦手ゆえのものだと思ってたけど、それにしてもあれは体力がなさすぎた。それも、ゾンビの体ゆえのせいだったのなら、納得できる。


 それにもう一つ、皆で温水プールに行った時、美柑は足首を怪我していると言っていたけど、あれは嘘だったんじゃないか? 、偽物の怪我を装ってプールに入ることを避けたと考えられる。


 美柑がゾンビであったために、今までの違和感が解消されていく。


「彼女を助けたのは気の迷いだけれど、おかげで寧も問題点を解消できて助かったわ」


 頑なに気の迷いであることを強調して寧は呟く。


「問題点?」


「ええ。この学校にお兄様を通わせる上で、お兄様を監視するための手段は必要だったわ」


 何気なく寧は言うけど、もう監視って言っちゃってるよ。


「生徒のプライバシー上、学校に取り付けるわけにもいかなかったわ。……ふふっ。ねえ、お兄様? 監視カメラは見つかったかしら?」


 寧は僕を見て妖しい笑みを浮かべる。僕が監視カメラに気づいていること、寧にはバレてたらしい。やっぱり、さすがに不自然すぎたかな。


「……これだよね」


 僕は襟に付けられていた小型の監視カメラを手に取って見せた。


「それ、ダミーよ」


「えっ⁉」


 間髪入れずに溢れた寧の言葉に、思わず虚をつかれる。ダミーって、これが?


「ふふっ、やっぱり騙されたわね。お兄様のことだから、どうせ制服のどこかに監視カメラが付けられていると思い、探すだろうと思ったのよ。だから、あえてダミーを用意してお兄様を油断させたのよ」


「なっ……⁉」


 そんな⁉ この監視カメラも、寧の罠だったなんて⁉


「で、でも! じゃあ本物の監視カメラはどこに……! まさか……⁉」


「ふふっ。察しがついたようね」


 僕はさっき寧が言った美柑のおかげで問題が解消されたという言葉を思い出していた。


「本物の監視カメラは美柑に付けてるの⁉」


「ふふっ! そうよ! 正確には、彼女のリボンに付けているわ」


 それを知って、僕は愕然とした。そういうことかよ⁉ 全然気づかなかった! というか気づけるか⁉ 単にイメチェンのようなものだと思っていたものが、まさか監視カメラの意味合いも持っていたなんて!


(じゃあ、あの時のことは⁉)


 僕は再び温水プールの出来事を思い出す。僕が溺れたあの時、寧は僕を助けに現れなかった。あれは僕が制服を着ていなからだと思っていたけど、そうじゃなかったのか。確かにあの時、


 これまで起きてきたことの裏に、そんなことがあったなんて……僕は探偵じゃないんだから、わかるわけないだろ。もう頭がパンクしそうだよ……。

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