失恋する子とちょっかい出してくる系の子




 パチパチと小さく音を鳴らしながら火花が散り、葵の足元を明るく照らす。

 先に付いた薄い紙が焦げてだんだんと短くなっていくに連れて、赤く光る火はだんだんと丸く、大きくなっていった。

 ベンチに腰掛け、膝に頬杖をつきながらその光をボーッと眺める。


「見てみて」


「わあ、綺麗だね」


 少し離れた所から二人の男女が仲良く話す声が聞こえた。


「……ッ」


 今、葵が見ているこの光は、少しでも揺れると地面に落ちて壊れてしまうから。だから他の事には、集中しないだけ。

 そう誰に聞こえもしない言い訳をして。葵は光が落ちないように、壊れないように、指先だけに神経を集中させた。


「ありゃ、消えちゃった」


「ふふ、じゃあ次のやつ出そっか」


 ──……お願い。大きく、ならないで。

 葵の願いも虚しく、赤く小さな光の玉は、どんどんどんどん大きくなっていく。

 それに連れてパチパチと勢いよく散っていた火花はだんだんと勢いが無くなっていき、葵がどんなに気を使っても、それは今にも落ちてしまいそうだった。


(さすがにもう、)


 落ちるかもしれない。そんな考えが頭を過ったが葵の手先が動く事は無かった。

 もう落ちるって分かっているのに、と葵がため息を吐く。

 諦めきれなのかもしれない。……いや、諦めたくないのかもしれない。

 今粘っている気持ちがどうであれ、自分から壊すような事はしたくなかった。


「えーい」


「へっ?──あ、」


 ポトッと。

 葵が諦めれなかった光は、何者かの邪魔によって呆気なく地面に落ちてしまった。


「……ッ何するんですか」


「邪魔をしてます」


 こんなことするのはあいつしかいないと、名前を呼びながら振り返る。その方向には思った通り、冬夜がニコニコと笑いながら立っていた。


「せっかく長く続いてたのに」


 先の火薬が落ちてしまった線香花火をギュッと握り締め、邪魔してきた冬夜をキッと睨み付ける。


「残念でしたね」


 睨み付けてくる葵に嫌味なくらいの笑顔を向け、隣に座ると「でも」と続ける。


「もう落ちそうだったじゃないですか。俺が邪魔したところで大して変わりませんよ」


「……どうせなら自然に落ちるまで見てたいじゃないですか」


「落ちるのが分かってるのに見守ってるのは俺は嫌ですね」


「冬夜くん線香花火の良さ分かってます?」


「分かんないですね」


 普段、ゆったりとしたテンポでニコニコと喋る冬夜にしては珍しく、真顔でスパッと即答されて言葉に詰まる。


「打ち上げのほうが見ていて気持ちいいじゃないですか。どうせならあれくらい大きく散っていただきたいもんですね。見ている側としては」


 そこまで言って漸くいつものように笑顔を浮かべた冬夜に、葵は自分の事を言われているようで、ドキッとした。


「そ、……そうですかね」


 内心バクバクと煩い心臓を押さえながらも平静を装って言葉を絞り出すと、冬夜はまた間髪入れずに「そうですよ」と答えた。


「線香花火は焦れったくてイーッてなります」


「……冬夜くん本当に線香花火向いてませんね」


 葵の言葉に、冬夜はニヤッと笑うと「それに」と言って右手を出した。


「どうせ落ちるなら俺の手で、とも思います」


 そう言ってさっき邪魔をしてきた時のように手を降り下ろす仕草をする冬夜。葵は眉をひそめて怪訝な顔をし、首を傾げた。


「じゃあ冬夜くんは線香花火を楽しむ人々に手刀を落としていくんですか? 趣味悪いですね」


「邪魔するのは葵さんだけですよ」


「はあ? なんでですか?」


「……さあ?なんででしょうね」


 口元を押さえ、クックッと意地悪く笑う冬夜にますます首を傾げる葵。


 そんな葵に、「そのうち分かりますよ」と言って柔らかく微笑む冬夜。


 葵がその言葉の意味に気付くのは、そう遠くない未来である。



*  *  *  *



 目の前でクスクスと笑い続ける冬夜に、葵は拗ねたように頬を膨らませた。

 どうも遊ばれているような気がしてしょうがない。


「そうだ」


 葵の頭の中に、さっき邪魔された仕返しをしてやろう、という考えが浮かぶ。

 急に声を挙げた葵に、冬夜は笑うのを止めて首を傾げた。

 葵は自分の横に置いてあった線香花火を二本取ると、冬夜の鼻先にピッと突きつけた。


「勝負でもしませんか?」


「勝負?」


「線香花火、先に落ちたほうが負けでちょっとでも長く続いたほうが勝ち。負けたら勝った人の事なんでも聞くってことで。どうですか?」


 冬夜の顔を覗き込み、ニヤッと笑う葵に腕を組んで思案する冬夜に、葵は我ながら良い事を思いついたもんだ、と踊りだしそうだった。

 先程冬夜は「線香花火は苦手だ」と言っていたからだ。これならきっと勝てる、とニコニコ笑う葵に冬夜は突きつけられていた線香花火を一本取るとニコッと笑った。


「分かりました。いいですよ、俺こういうの得意ですから」


「……へ?」


「あれ、葵さんもしかして──」


 そう言ってニヤッと口角を上げる冬夜に、葵は嫌な予感がして冷たい汗が背中を流れていく。


「──さっきの信じたんですか?」


 予感的中。

「よろしくお願いします」だの「うわー、勝てるかなあ」とわざとらしく言ってニコニコと笑う冬夜に、絶対に負けられなくなってしまった、と持っていた線香花火を握りしめた。



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