片思いの女の子の話

 



 それは例えば、ラムネの瓶の中のビー玉なのだ。


 シュワシュワと泡立つ液体の入った瓶を太陽にかざし、反射してきらきらと輝くビー玉を眺める。

 小さい頃、買えばいいのに何故かこのビー玉が欲しくて欲しくてさんざん駄々をこね、兄や母を困らせたなあ、と苦笑した。


「なーに笑ってるの?」


「樹先輩」


 ふと背後から見知った声が聞こえ、振り向くと樹がニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。

 千春は無言でビー玉に視線を戻すと座っていた場所をずらし、樹が座れるように空間を空けた。樹が「ありがとう」と柔らかく微笑んで空いた空間に座る。

 男にしては長めの、焦げ茶色の髪が視界をちらつき、千春は緩む頬に手を当て、大きく息を吐いた。


「座っていいとは言ってませんけど?」


 声が明るく、楽しげにならないようにわざとぶっきらぼうに言葉を投げれば、横から焦ったような非難の声が聞こえた。その必死さに、隠すのも忘れてクスクスと笑う。


「冗談ですよ」


「うっそ、なんだ。焦ったじゃん!」


 ハアッと息を吐く音と共に安堵の声が聞こえる。

 樹の様子に千春はクスクスと笑いながら瓶を軽く口に押し付け、瓶を傾けた。途端、口内に冷たい液体が滑り込んできてパチパチと弾け、喉を通っていく。


「……なんですか樹先輩」


 横から視線が刺さっているような気がして、瓶から口を離すと樹の方を向いた。思った通り、樹は千春をジッと見つめている。

 千春と視線がかち合うと樹はニコッと笑って千春が飲んでいるラムネを指差した。


「美味しそうだな、それ」


「……先輩は……」


「ん?」


「……先輩は、ビー玉です」


 鼻先にビシッとラムネの瓶を突き付ける。樹はビクッと肩を揺らして軽く仰け反った。


「……へ?」


 樹の困惑したような表情に、千春は少し苛立ったように「だから」と言ってもう一度、今度は少し大きな声で分かりやすいようにはっきりと喋った。


「ラムネの瓶の中の、ビー玉なんです」


「……えと、あの、俺にも分かるように説明してもらえないかな千春ちゃん」


 眉を下げ、苦笑いをして頬をポリポリと掻く樹に、千春は拗ねたように頬を膨らました。


「分からないならいいです」


「え、ちょっと、千春ちゃん?」


 プイッと顔を樹から背け、瓶をまた太陽にかざす。


「……ビー玉なんだもん」


 太陽の力を借りてきらきらと輝くビー玉と後ろで焦ったように千春に話しかけている少年の顔が重なり、千春はもう一度拗ねたように小さく呟くと目をそっと閉じた。


 そう、それは例えば、ラムネの瓶の中のビー玉なのだ。

 中からビー玉を出すことは非常に難しく、絶対に不可能で。

 だがそれは、外の瓶を壊せば簡単に手に入り、千春は満足感を得られる。

 でも壊したくない。いや違う。壊せないのだ。

 欲しくて欲しくて堪らないのにあと一歩が踏み出せない。

 壊す事に、躊躇してしまう。


「欲しいの!これがいいのっ!」


 幼少の頃の自分の姿をもう一度思い浮かべ、千春は深く深く、ため息を吐いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます