童話調②




 たぷん、たぷん。そんな水の音が聞こえて、お姫さまは、そっとその重たそうな瞼を持ち上げました。そうして目を開けて、思ったことは、ここはどこなのかしら──その一つでございます。なんにも、どうしてこんな場所にいるのか、さっぱり検討がつきません。

 途方に暮れたお姫さまが、そっと華奢な体を持ち上げて辺りをご覧になりますと、そこはなんと、一面青い世界で、魚逹が優雅に泳いでいるのが見えました。


「……まあ」


 お姫さまは口元を押さえ、感嘆の声をあげます。それは酷く小さな声でしたが、周りにある水のように透き通って、清らかな声でした。

 「お姫さまだ」「目を覚ましたんだ」「おはよう。お姫さま!」

 そんなお姫さまの声に、色とりどりの魚逹が群れを外れて周りに群がって来ましたので、お姫さまは、飴を焦がしたような大きな瞳を真ん丸にして驚きました。

 魚逹が口々お姫さまに話しかけるのに、狼狽えてしまって、何にもお話出来ません。


「止めなさい」


 魚逹の声を止めたのは、低く、どっしりとした声でした。お話がぴたりと止まり、魚逹が一斉に脇に逸れます。その間から大きな影が、ぬっと現れて、お姫さまの前に、大きなサメが顔を出しました。


「きゃっ」


「どうか怖がらないで、かわいい僕逹のお姫さま」


 肩を跳ねさせるお姫さまに、サメはなんと、巨大な体を二つに折り曲げて丁寧にお辞儀をします。その優しい声に、お姫さまが瞳をぱちりと瞬かせますと、そのサメは大きな口でにっこりと笑って、目を瞑りました。

 カッと眩い光がサメを包んで、お姫さまは思わず目を瞑ります。そして次に開けた時にはサメの姿はなく、代わりに見目麗しい青年が笑っているのでした。

 お姫さまは、もう何度驚いたか分かりません。小さな唇をぽかんと開けていますと、青年はうやうやしくお辞儀をして、ぱちんと指を鳴らしました。

 すると、その足が魚逹が持つヒレに変わり、お姫さまに向かってぱちんと片目を瞑ります。


「さあ行こう、お姫さま」


 そう言われましても、いったい何処へ向かえばいいのか、お姫さまには皆目見当もつきません。


「無理だわ」


 お姫さまは首を振りました。


「大丈夫さ。僕が案内人になる」


 青年が手を伸ばしますが、お姫さまは首を振り続けます。青年は困った顔をしますが、お姫さまには怖じ気づく理由がありました。


「私、泳げないの」


 そう言うと、困っていた青年はきょとんと瞳を瞬かせ──くすくすと笑い声をあげました。


「何がおかしいの?」


「だって、ふふ、そうしたら、君は今、どうやって呼吸をしているの?」


「……!」


 そう言われてみれば確かに、お姫さまは水の中に居るのに、普通に息が出来るし喋ることが出来ます。どうしてだろうと青年を見ますと、彼は、すいっとお姫さまに近寄って、その唇にそっとキスをしてしまいました。お姫さまは白いほっぺたを、赤くしました。だって、いきなりキスされたのです。それも、こんなにかっこいい人から!


「大丈夫さ」


 青年は言います。


「ここは貴女の夢の中」


「夢?」


「ええ。だからなんだって思い通りになる」


 青年が言い終わった後、お姫さまは、足がぽかぽかと温かくなっているのに気が付きました。見ると、お姫さまの2本の足が、青年のような魚のヒレに変わっています。


「さあ、行こう。探しものを見つけに」


 そう笑って差し伸べられた手に、おそるおそる手を重ねます。にっこり笑うと、青年はぐいとお姫さまを引っ張りました。

 これから、お姫さまの、長い旅が始まろうとしています。


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過去に書いた短編集 七篠空木 @774noutugi

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