たくさんキスしている話




「君なんか大嫌い」


 だからこれは、嫌がらせだ。

 白く細い手首を乱暴に掴み、グンッと強く引っ張って空いてる片腕を腰に回す。

 暴れるリュラを無視して何とかギュッと抱き締めると、腕の中の身体が固く強張った。


「……なんだ。もう抵抗しないの? いつもの君なら三倍どころか、三百倍くらいにして返してくるでしょ」


 口角をゆったりと上げ、クックッと笑いながら急に大人しくなったリュラに問いかける。我ながら悪役面だ。自分じゃ見えないけど。


「気持ち悪くて力入んねーんだよ! さっさと離しやがれ!」


 リュラは僕をキッと睨むと、でかい声で叫んだ。耳が痛くて顔を顰めるとますます睨まれる。なんだか腹が立ったので耳にそっと息を吹きかけると、リュラは「ん」と小さく呻いて体を震わせた。

 堪えるような姿に加虐心を煽られて、そのまま耳元で息を混ぜながら囁く。


「絶対嫌だね。観念したら?」


「……あたしは、お前の事なんか大嫌いだ」


 抵抗するだけ無駄だと分かったのか、軽口を叩くだけで大人しくなったリュラ。彼女のプライドを傷つける為にわざと上から見下ろす形で目線を合わせると「僕も」と笑ってみせた。


「君なんか、大嫌いだ」


 手首を僕の首に回させて掴んでいた手を顎に沿えて顔ごと上を向かせる。チッと可愛くない舌打ちが響いて勝ち気な瞳が細められ、眉の間に不機嫌そうに皺が寄った。

 回された腕はダランと落ちて、抱き締め返される事は無い。


「……じゃあなんでこんなことするわけ?」


「嫌がらせに決まってるでしょ?」


 ギャーギャーと騒ぐリュラに嫌みったらしく笑う。僕の答えにリュラは急に大人しくなったかと思うと、ハアッと大きくため息を吐いた。


「全く。同じ男でもクリトとは大違いだね」


「………………」


 息と共に吐かれた言葉に、ズガンと頭を打ち付けられたような衝撃が走る。同時に口元に言い表しようのない苦味が広がり、これを分けたらリュラ嫌がるんじゃないかと思い立った。ほとんど衝動的に目の前にあった口に自分の口を押し付けてみる。――……甘い?


「何す、んんっ」


 さすがにまた暴れ出したリュラを押さえつけ、もう一度唇を重ねる。

 やっぱり、甘い。


「止めろって!」


「君、なんか甘い物でも食べた?」


「はあ?」


「なんか、甘い味がした」


 怪訝そうな顔にズイッと近寄って唇を触ると、リュラは体を仰け反らせて逃げようとした。

 そうはさせまいと背中に手を添えて自分の方へぐいっと寄せると、口を大きく開けて歯を見せたので慌て引っ込める。


「はっ、ざまーみろ」


「…………」


 鼻で笑った顔にイラッとした僕は、唇を重ね合わせて薄く開いた隙間から無理やり舌をねじ込んだ。リュラのを絡め取るとそのままちゅうっと吸う。リュラから鼻にかかった声が上がり、その声が耳に入った瞬間口内の甘さが増したように思えた。

 なんとなく「もっと聞きたい」と思い、抱き締めてから歯裏をそっと舐める。リュラの口の端からどちらのか分からない唾液が零れ落ちた。


「んんっ」


「!?」


 と、突然力無く落ちていた腕が回され、抱き締め返される。

 驚いて動きが止まった瞬間に逆に絡め取られ、僕がさっきしたのと同じようにちゅうっと吸われた。


「……やっぱ最低だな坊ちゃんは」


 唇を離し、僕を睨みつけながら乱暴に唇を拭うリュラ。僕が呆気に取られて何も言えないでいると、リュラはニヤリと笑って耳元で囁いてきた。


「あたしの勝ちだな?」


「……ッ」


「変な顔」


 ハッと鼻で笑って颯爽と去っていくリュラを見、熱くなってきた頬に気づかないふりをしながらそっと呟く。


「君の方が変な顔だろ……」


 誰に聞かせるわけでもないいつもの憎まれ口を叩くと、唇を舐める。それは、


「……甘っ」


 甘い甘い、味がした。



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